- 男性不妊治療の専門クリニック│黒田インターナショナルメディカルリプロダクション
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更新日:2023.09.15
男性不妊は遺伝するのか?【専門医】による解説
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男性不妊と遺伝の関係性
日本では、「不妊」になる原因は女性側にある、と思われてきた歴史的な背景がありますが、実は不妊の半数は男性側の問題(男性不妊)です。しかも、男性不妊の原因の殆どが精子に何かしらの異常がある場合(精子異常)です。精子異常は泌尿器科的な基礎疾患があることが原因で生じる場合もありますが、その比率はむしろ低く、実際のところは、その大半は精子形成に関わる沢山の遺伝子に様々な異常が突発的に発生する『突然変異』による先天異常です。特に、生殖補助医療の治療対象となる男性の精子DNA損傷率は高い傾向にあり、その背景には遺伝子異常が関与しているケースが多いというのも事実です。
精子異常の背景に遺伝子の問題が関与している場合は、一般的によく指摘されるような精子数が少ない(乏精子症)とか運動率が低い(精子無力症)と言うような、見た目で「精子の状態が悪い」と簡単に判る問題ではなく、精子の中に多様な異常が隠れている場合が大半ですので診断することが難しく、かつ先天性ですので根本的な治療法がなく治療困難な場合が多く、男性不妊の問題は深刻になります。
精子異常に関しては、真偽のはっきりしない不確実な情報が溢れ、一般的には「精子の数が十分あり、元気に泳いでいれば問題なし」「卵子の老化と同様に、年齢を重ねれば精子も老化する(精子の質が下がる=精子異常率が上がる)」といったイメージで語られていますが、上述したように、『精子異常の大半は遺伝子の突然変異による先天異常』なのです。
将来の子供への遺伝について
男性の性を決定するY染色体は、生命維持に関係ない染色体ですので、Y染色体上の遺伝子に突然変異が生じても流産(自然淘汰)をすり抜けて誕生します。結果として、自然淘汰をすり抜けたY染色体の異常は、成人してから精子異常という形で発現します。この精子異常が、父親から受け継いだ遺伝子ではなく、突発的に発生した突然変異により発症したにしても、一旦遺伝子異常が起きてしまうと 精子異常は息子に遺伝(垂直伝播)します。また精子異常の程度は、問題が起きた遺伝子の組み合わせの内容により、個人差が極めて大きくなります。
不妊治療の現場では、精子数が少ない(乏精子症)とか運動率が低い(精子無力症)と言うような、見た目で「精子の状態が悪い」と簡単に判る方を対象に顕微授精が用いられています。この場合、その精子異常の背景に『遺伝子の問題を抱えているか否か』の詳細情報は不明のまま、見た目だけの情報で実施されています。顕微授精は受精に必要な精子が たったの1匹でいいこと、また人間の手により受精を容易に可能にする(受精率を上げられる)技術であることから急速に普及し、現在では生殖補助医療の約8割を占めていますが、顕微授精はあくまでも精子の数を補足する技術です。顕微授精という技術が、遺伝子の問題に対応できる訳ではありません(遺伝子異常を治すことはできません)ので、本来、顕微授精は精子の状態が悪い方には不向きな治療法なのです。
医療介入は必ずリスクを伴い、顕微授精だけが例外ではありません。出生児の遺伝子の半分は精子が担うわけですから「どのような精子を穿刺するか」、すなわち「精子の品質管理」が出生児の健常性に直結します。正直なところ、重度な異常精子を刺しても妊娠しませんが、異常精子(本来、受精しては困る精子)を用いた顕微授精により人工的な授精が可能になります。この場合に、「命を造り出す」生殖補助医療において最も怖い点は、妊娠、出産に至り、「生まれてくる子どもに どのような異常が起きるのか」というリスクにあります。海外では「顕微授精で生まれた子供に自閉症スペクトラム障害の発症率が高い」という報告が多数あり、「両者との間に因果関係がないとは言い切れない」という見解を出しています。つまり、顕微授精に用いる精子の状態によっては、生まれてくる子どもの健康への影響が生じる可能性があるということです。
より安全な精子を選択するために
顕微授精による出生児の安全性に関しては未だ不明な点が多い現段階では、治療する前に精子が質的に良好(精子機能が正常)であること、すなわち、穿刺注入できる安全なレベルであることを確認すること(精子の品質管理)が極めて重要であり、顕微授精実施の前提となります。この前提知識と高品質精子を選別・評価する技術が普及していない現状では、顕微授精の実施はより慎重であるべきであり、本来は治療に用いる際には異常精子を積極的に排除する技術が不可欠になります。
幸い当方は、正常な精子を選択的に分離精製する技術(異常精子を積極的に排除する技術)に特化しており、またPost-ICSIとして確立した人工卵管法という、受精に必要な精子数を低減化できる高効率体外受精技術がありますので、それらの技術を駆使した精子側から安全な不妊治療の実践を可能にしています。
まとめ
顕微授精に用いる精子1匹を選ぶことは、皆さんが思われている以上に大きな責任があることなのです。以下にまとめてみました。
- ① 上述しましたが、顕微授精に用いる精子1匹の選定が生まれてくる『子どもの健常性に直結』するということ。
- ② また精子1匹を選び、卵子に穿刺注入するという一瞬の作業が『命の選択』になること。
- ③ さらに顕微授精は卵子における『微小細胞外科手術』という概念に入る『命を造り出す医療行為』になること。
列挙した点を決して忘れてはいけません。
前述したように、不妊治療の現場では、精子数が少ない(乏精子症)とか運動率が低い(精子無力症)と言うような、見た目で「精子の状態が悪い」と簡単に判る方を対象に「即、顕微授精」が展開されています。すなわち、現行では、顕微授精に用いられる精子を選定する際に、『遺伝子の突然変異が背景にあるか否か』という、精子側の詳細情報は不明のまま、見た目だけの情報で顕微授精が実施されています。
もしかしたら検出できていない、隠れている遺伝子異常が関与する精子異常が、不妊原因かもしれません。
ぜひ顕微授精に着手する前に、精子の精密検査を実施してください。そして「顕微授精しても大丈夫なレベルの安全な精子であるか否か?」を見極めてください。正常な精子の選別、すなわち、精子の品質管理こそが安全な生殖補助医療を実現させるためには極めて重要であり不可欠です。この点を念頭において『安全な不妊治療を選択』していただきたいと思います。
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監修者│黒田 優佳子
黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。