公開日:2023.09.15 
更新日:2024.08.06

男性不妊の大半は精子異常、その原因は?

監修者 | 黒田 優佳子
男性不妊治療の専門である黒田IMRの院長

精子学の研究者であり医師である視点から、
不妊治療における誤解やリスクを解説

男性不妊の大半は精子異常、その原因は?

不妊症になる原因の約半分は男性側に原因がある「男性不妊」ですので、きっと皆さんが想像されている以上に男性不妊は多いというのが実態です。しかも男性不妊の大半は、精子が造られる過程に何かしらの異常が生じて精子を上手く造ることができないという「精子異常」のケースになります。

精子は精巣の中で造られ始めますが、その段階では精子は未成熟な状態にあります。精巣の横にある精巣上体という細い管を通り抜ける間に成熟を進めて、精子として運動する能力や受精に必要な機能を備えます。その過程に生まれながらにして(先天性)異常が生じた場合、もしくは生まれた後に(後天性)に問題が発症した場合に、精子を造る機能が障害されて精子異常が起きてきます。一般的には この病態を『造精機能障害:精子異常』といい、皆さんがよく耳にする「精子産生量の低下:精子数の減少」「運動能の低下:運動率の低下」「形態異常率の増加:奇形率の増加」という、普通の顕微鏡(位相差顕微鏡)で見てすぐに判る異常が指摘されます。

しかし実際には生殖補助医療の治療対象になる精子異常の大半は、位相差顕微鏡で検知することができない、精子の中に隠れ潜んだ異常(これを『隠れ精子異常』という:詳細は後述)として発現します。隠れ異常には、精子DNAや細胞膜の損傷や先体の異常ほか、多様な機能異常があり、とても複雑です。

ですから正式には、隠れ精子異常も含めて精子に異常が認められた病態を「造精機能障害」という訳ですが、不妊治療の現場において最も怖い点は この隠れ精子異常に関する認識が極めて乏しい点にあります。また原因を特定できるケース(後天性)は むしろ少なく、特定できないケース(先天性)の方が多く、ここに男性不妊治療の難しさがあります。

本稿では、男性不妊の大半を占める造精機能障害(精子異常)を正しく理解していただくために、わかり易く解説します。

実は、原因を特定できない、先天性の造精機能障害が大半を占める!

原因を特定できないケースは、先天性の造精機能障害です。つまり、生まれつき精巣で精子を造るラインに問題があり、造精機能が障害されて精子異常に繋がったケースです。先天性造精機能障害のケースには2つのパターンがあります。

(1) 生まれつき精巣で精子を造るラインが故障しているが、運良く一部だけ精巣内に正常な精子を造るラインが残っている場合です。少しでも正常な精子が造られれば、我々精子研究チームで開発した精子側の特殊技術が効力を発揮できます。

(2) 生まれつき精子の設計を支配する遺伝子に異常がある場合です。つまり精子が確認されても、その背景に精子の遺伝子異常が関与している先天異常になります。実際には、造精機能障害の大半はこのケースで、しかも隠れ精子異常(精子内の構造・機能異常)として発現してきますので厄介です。

ここで『隠れ異常精子』について少し解説を加えます。

繰り返しになりますが、生殖補助医療の治療対象になる精子異常の大半は、DNA損傷を始めとする多様な機能異常を伴います。それらの異常は、普通の位相差顕微鏡では検知することは不可能で、「精子の中に隠れ潜んでいる異常」として発現することから『隠れ精子異常』とよんでいます。

この隠れ精子異常の背景には「遺伝子異常が関与」しているとお話していますが、具体的にいうと、精子が造られる過程には「多くの」遺伝子が「複雑に」関与していますので、不運にも生まれながらに そこに関わる遺伝子に突発的な変異(遺伝子の突然変異)が起きてきくる場合があるということです。

この遺伝子異常は『新生突然変異』と言われ、精巣で精子が造られる過程で起こり、ヒトの2万個以上の遺伝子に一定の確率で突然変異を引き起こします。遺伝子の突然変異は、精子1匹単位で異常発現する箇所が異なるため大変複雑化しますので、その影響が隠れ精子異常の種類と程度の多様化に繋がります。重症な場合には精子を造ること自体が停止します。すなわち「どのような」隠れ精子異常なのか?「どの程度重篤な」隠れ精子異常なのか?は一律同じ異常パターンではないということです。

造精機能障害の大半は、この新生突然変異による隠れ精子異常(精子内の構造・機能異常)ですから先天異常です。分子生物学的な手法による高精度な精子検査でなければ確定診断できないこともあり、隠れ精子異常が見逃されたまま間違った治療に進められてしまうケースも多々あり、治療が難航する傾向にあります。

原因を特定できる、後天性の造精機能障害は少数派!

原因を特定できるケースは、後天性の造精機能障害です。つまり、もともとは精巣で精子を造るラインには問題がなく、正常な造精機能を備えて生まれてきたのですが、生まれた後に何かしらの原因で その造精ラインに故障が起きて造精機能が低下し、精子異常に繋がったケースです。

(1)精索静脈瘤

後天性造精機能障害の多くの場合は、精索静脈瘤という血管の異常です。解剖学的な視点より左側に多い傾向がありますが、外科的手術によって造精ラインの回復を期待できます。しかし中には治療効果がみられないこともあります。
詳しくは、精索静脈瘤の項を参照ください。

精索静脈瘤と男性不妊の関係について

(2)停留睾丸・精巣外傷後

停留睾丸とは、胎児のころ腹腔内にある精巣が生後数か月たっても陰嚢の中におりてこない病態をいいます。停留睾丸の数%は腫瘍化しますので、思春期までに精巣固定術による治療が考慮されますが、大半が造精機能障害を伴います。

(3)耳下腺炎罹患後の耳下腺炎性精巣炎

耳下腺炎(おたふくかぜ)に罹患した後に高熱が続き、その影響で精巣に炎症が起きる場合があります。これを耳下腺炎性精巣炎といいますが、既往がある場合に造精機能が障害されます。

(4)小児がんの治療後

抗がん剤や放射線等の治療は癌細胞を殺すことが目的ですが、同時に造精機能を強く傷害する可能性があります。

(5)重度な糖尿病

糖尿病の多くのケースでは勃起障害や射精障害といった性機能障害を伴いますが、重症化しますと造精機能低下にまで至ることもあります。

(6)低ゴナドトロピン性 性腺機能低下症

本疾患は極めて少ないですが、視床下部-下垂体で造精機能を司るホルモンの分泌が低下することにより、精子を造る力が低下します。

原因を特定できる、後天性の性機能障害とは?

性機能障害の場合は、精巣で精子を造るラインには問題がなく、正常な造精機能を備えていますので上手く精子を造ることができます。また精子輸送路にも問題がありませんので、造られた精子が通過することもできます。しかし勃起や射精といった性機能に問題があり、性行為を完了することができません。

(1)ストレス・糖尿病・多発性硬化症・薬剤(α1ブロッカー)

ストレスや糖尿病、多発性硬化症、薬剤(α1ブロッカー)等の影響で、勃起障害ED(有効な勃起が起きない)になり、性行為がうまくいかない場合があります。また性行為まではできても射精障害(腟内で射精することが困難)になる場合があります。

(2)糖尿病・手術による神経損傷

糖尿病や手術による神経損傷等の影響で、逆行性射精といい、内尿道口の閉鎖が不完全になり、射精時に精液が射出されずに膀胱内に排出されてしまう場合があります。治療法としては、内尿道口の閉鎖不全を改善させる目的で交感神経α刺激薬(塩酸イミプラミン、アモキサピン)が使用されますが、効果が得られない場合もあり、最終的には射精後に排尿していただき、可及的速やかに高度な精子分離技術を用いて精子の回収に努めることになります。

(3)脊髄損傷後・リンパ節郭清を伴う手術後

脊髄損傷後やリンパ節郭清を伴う手術の影響により、射精に関わる神経機能が損傷され、無射精になります。治療法としては、バイブレーターによる振動刺激、電気射精法(経直腸的に精嚢、前立腺を電気刺激して射精を誘発する方法)がありますが、なかなか効果が得られません。

(4)その他

不妊治療においては「タイミング指導」といい、予測した排卵日に性行為をとるように指示をする場合があります。タイミングに固執してしまうと性行為そのものの障害を来たしたりすることもあります。

原因を特定できる、後天性の精路通過障害とは?

精路通過障害は性機能障害の場合と同様に、造精機能には問題がありませんので、上手く精子を造ることができます。しかし、精子輸送路に問題があり、造られた精子が通過することができません。

(1)精巣上体炎後

精巣上体炎といい、精巣上体という細い管に炎症が波及して精子が通過するライン(精子輸送路)が閉塞され、無精子症になることがあります。治療法としては、顕微鏡下精巣上体精管吻合術が考慮されますが、精路再建が困難な場合もあります。

(2)鼠径ヘルニア手術後・精管切断術後

鼠径ヘルニア手術後や避妊手術としての精管切断後等の精管閉塞により、閉塞性無精子症になる場合もあります。治療法としては、顕微鏡下精管精管吻合術が考慮されますが、精路再建が困難な場合もあります。

まとめ

男性の不妊症の原因を特定できる場合には、投薬や外科的手術により原因を除くための治療が可能になり、その効果を期待できる場合もあります。しかし一方で、生殖補助医療の治療対象になる男性不妊(造精機能障害)の大半は、新生突然変異による隠れ精子異常(精子内の構造・機能異常)ですから先天異常です。

分子生物学的な手法による高精度な精子検査でなければ確定診断できない隠れ精子異常は、治療現場で見逃されてしまうことも多く、間違った方向に進められてしまい、結果として治療が難航する傾向にあります。その辛い事態に陥らないためにも、なるべく早い時点で高精度な精子検査を実施してください。

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監修者│黒田 優佳子

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監修者│黒田 優佳子

黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

出版
不妊治療の真実 世界が認める最新臨床精子学
誤解だらけの不妊治療

主な監修コラム
不妊治療について
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