専門医監修│加齢による精子劣化とは?不妊治療における注意点や改善点を解説
更新日:2023.02.22

- 男性不妊治療の専門クリニック│黒田インターナショナルメディカルリプロダクション
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- 専門医監修│加齢による精子劣化とは?不妊治療における注意点や改善点を解説
一般的に「なかなか赤ちゃんができない!不妊症である」となりますと女性側の問題と思われかちですが、実は、男性側の精子に異常がある場合が不妊になる原因の約半数を占めています。つまり、男女それぞれの不妊になる原因が複雑に絡み合った結果、不妊症を招いている場合が殆どですので、女性だけの問題ではないということです。
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加齢による精子の劣化について
男性は、思春期になると精巣の中で精子の元になる細胞の細胞分裂が始まり、およそ74日をかけて精子を造ります。造られた精子は未成熟の段階にあり、精巣の横にある精巣上体に移動して成熟を進めていきます。
精子を造り出す造精機能が正常な男性は、毎回、数億匹もの精子を射精しますので、おそらく生涯で1兆匹以上の精子を造ります。精子は卵子のように途中まで造っておいて備蓄するということはできませんので、精子の元になる細胞から その都度 精子を造るという「粗製乱造のメカニズム」になっています。
日本生殖医学会においても、「成人男性の精巣では、生涯を通じて精子がつくられますが、加齢とともに少しずつその機能が低下し、また精巣の大きさも少しずつ小さくなり、男性ホルモンをつくる力も緩やかに低下しますが、両方の精巣が無くならない限り去勢状態になることはありません。女性でみられる閉経のような変化が無いことや、個々の健康状態にも違いがあることから、男性では年齢で不妊症に区切りをつけることはなかなかうまくできません。」と見解を出しています。
言い換えれば、加齢により精子の産生量(精子数)や射精される精液の量(精液量)、性欲は、多少減少する傾向がみられますが、精子を上手く造れないこと(造精機能障害)は、年齢に直結しないということです。
造精機能障害になる原因ですが、泌尿器科的な基礎疾患があることが原因になる場合もありますが、その比率はむしろ低く、実際のところは、造精機能障害の大半は先天異常で、遺伝子の突然変異による精子異常なのです。このような精子異常の背景に遺伝子の問題が関与している場合は、一般的によく指摘されるような精子数が少ないとか運動率が低いと言うような、見た目で簡単に判るという問題ではなく、精子の中に多様な異常が隠れている場合が大半ですので、診断することが難しく、かつ先天性ですので根本的な治療法がなく、治療が困難な場合が多いというのが真実です。
つまり、高齢でも精子の質がよく、妊孕性(妊娠させられる可能性)が高い男性もいらっしゃる一方で、若くても遺伝子異常による造精機能障害で、治療が困難な方もいらっしゃるということです。
精子の老化(専門的に言えば、精子の品質低下)は、卵子の老化のように加齢に伴って劣化するという単純な話ではないのです。
妊娠は夫と妻の共同作業の結果ですので、いくら妻側の治療がうまくいっても、夫側に問題があれば妊娠率は上がりません。男性不妊の問題は、不妊治療において最も深刻な問題になります。
男性不妊治療においては、「自分の精子の状態ならば、どのような治療を選択すべきなのか?」「この治療により、どのくらい妊娠する可能性が予測されるのか?」を考えることが極めて重要になります。
加齢による卵子の劣化について
一方で、女性は妊娠20週の胎児のときは卵子の元になる細胞が約600万個ありますが、出生時に約200万個、排卵が始まる思春期には40万個程度にまで減り、さらに閉経期では数千個程度になると考えられています。この間に様々な危険因子にさらされることが、妊娠する力の低下、染色体異常の増加の原因になると考えられています。このように加齢とともに卵子の減少は進みますので、妻側の年齢が30歳代後半~40歳代になりますと自然と妊娠し難くなるというのは事実です。
最近「女性は35歳を過ぎると卵子が老化して、妊娠しにくくなる」といわれていますが、確かに10万人の平均をとれば「35歳」というラインは妥当かもしれません。
しかし、40代でも卵巣機能が良好で、自然に妊娠される女性もおられる一方で、20代や30代で早発閉経になられる方もおられ、個人差があります。
ですから、卵子の老化(専門的に言えば、卵子の品質低下)においては、平均ではなく、「自分の卵巣機能においては どうなのか?」と現時点の年齢において個人レベルで考えることが重要なのです。
精子の運動率
日本生殖医学会において、加齢とともに1日当たりの精子数と精液量の減少とともに、精子の運動率や正常形態率の低下も報告されていますが、一方で、精子運動率の低下の原因は「年齢に直結する」という単純な話ではなく、精子を包み込んでいる膜(細胞膜)に傷がつくことにより、精子の頭の中に収納されているDNAが損傷され、運動性が失われる場合が多いというのも事実です。つまり、精子運動率は「加齢に伴って低下する」ということではなく、実は、運動能の低下を含めて精子異常を誘導する原因の大半は、遺伝子の突然変異による先天異常です。
写真下の上段は、遺伝子の問題が関与している運動率の低い異常精子の写真です。参考までに下段に、正常な精子の見本写真を開示しましたので、是非比較してみてください。
上段の左写真は、一見、不揃いではありますが、オタマジャクシの形をした精子です。しかし よく見ると、頭部形態の大小不同が顕著で、しかも頭の中に空胞が多く見られます。同時に、中片部の形態異常も伴い、肥大傾向にあります。この異常精子のDNA損傷率を調べてみると、上段の右写真のようにDNA fiberが酷く損傷されて連続性を失い(DNA切断片が細かく拡散)、損傷の程度も重篤な多重異常精子であることがわかります。
精子のDNA情報
ヒトの体を構成している数えきれないほどの細胞(体細胞)には、個体をより良い状態に保つために、「アポトーシス」という、細胞の一部が積極的に自殺するプログラムされた細胞死があります。アポトーシスの結果として、DNAの損傷を引き起こしますが、遺伝情報を正確に伝達するために傷ついたDNAを修復する「DNA修復機構」が備わっています。だからこそ、われわれヒトの細胞は、正常性が維持されて健康が守られているのです。
このような体細胞のDNA修復機構はヒトの卵子においても同様ですが、ヒトの精子のDNA修復機構は一般の体細胞とは異なり、とても特殊です。どのように特殊かといいますと、ヒト精子は造られる過程で、第2減数分裂後期以降にDNA修復能(DNA修復機構)が失われる点にあります。その結果、正常の造精機能を備える男性でも、一部の傷ついたDNAが修復されないままDNA損傷精子として射精された運動精子の中に混在してきます。すなわち、ヒトでは精子性善説が成立しませんので、一見 正常に見える運動精子の中にもDNAが傷ついた異常精子が存在します。そのDNAの損傷の頻度と程度は、個人差が大きく、精子毎に大きく異なります。
一般的に、加齢とともに精子のDNAは損傷される傾向にあるといわれていますが、運動性の低下と同様にそんな単純な話ではなく、精子異常の大半は、遺伝子の突然変異による先天異常が殆どです。特に、生殖補助医療の治療対象となる男性の精子DNA損傷率は高い傾向にあり、その背景には先天性の遺伝異常が関与しているケースが多いというのも事実です。
精子生成機能│精子の老化に関する誤った認識
生殖医療において長年にわたり卵子の研究に力が注がれてきたこともあり、一般的に卵子の老化(卵子の品質低下)についてはよく取り上げられるようになりました。一方で、精子の老化(精子の品質低下)に関しては、真偽のはっきりしない不確実な情報が溢れ、一般的には「精子の数が十分あり、元気に泳いでいれば問題なし」「卵子と同様に、年齢を重ねれば精子も老化する」といったイメージで語られていますが、前述してきましたように、実は、そうではありません。ここでは、これまでよく知られていなかった精子について、当方のコラムでは正確な情報を開示しますので、間違った認識を正していただければと思います。
造精機能障害
まず、精子をうまく造る機能が低下してしまう、造精機能障害について解説します。一言で造精機能障害といっても3つのケースがあります。
( 1 )一つ目のケースは、精巣内の正常な精子を造るラインには問題なく誕生したが(つまり、先天性ではない)、生まれた後に(つまり、後天性に)様々な原因で正常な精子を造るラインに故障が起きた場合です。原因として、おたふくかぜや薬の影響などの場合もありますが、多くは精索静脈瘤という血管の異常です。
(2)二つ目は、精巣内に正常な精子を造るラインが生まれつき(つまり、先天性に)一部しかない場合です。
(3)三つ目は、生まれつき精子の設計を支配する遺伝子に異常がある場合(先天異常)になります。造精機能障害の大半はこのケースになります。
どのケースにおいても単に精子の生産量が減る(精子数の減少)だけではなく、造られた精子に様々な異常が発生しますが、一つ目と二つ目のケースでは、精巣内に正常な精子を造るラインが多少残っていれば、私たち精子研究チームで開発した精子選別技術が効力を発揮します。
一方で、三つ目のケースは、生まれつき遺伝子に問題があること(先天異常)が精子異常を誘導しているため、根本的な改善方法はありません。つまり、薬やサプリメントによる改善は期待できず、不妊治療が難航する傾向にあります。
精子劣化による不妊治療への影響
精子が造られる過程では沢山の遺伝子が働いており、その一つの遺伝子だけに問題が生じても精子異常が起きてきますので、複数の遺伝子に異常が起きると精子の機能や形態に多様な異常が発生します(詳しくは後述)。重症の場合には、精子を造ること自体がストップしてしまいます。
前述しましたが、造精機能障害の大半は先天異常で、遺伝子の突然変異による精子異常です。その精子異常の程度は、問題が起きた遺伝子の組み合わせの程度により、個人差が極めて大きくなりますが、必ずしも通常の顕微鏡で観察した見た目だけで判断できる精子数の減少や運動率の低下という形では表れません。精子の中に多様な異常が隠れている場合が大半ですので、診断することが難しく、かつ先天性ですので根本的な治療法がなく、治療が困難な場合が多いのです。
つまり、精子の良し悪しが生殖補助医療の成否に大きく影響しますが、この点が現在の不妊治療では見過ごされています。
以下に、男性不妊の治療が難航することをご理解いただくための解説をします。
受精したヒトの胚は、父親(精子由来)と母親(卵子由来)から23本ずつ、計46本の染色体を受け継ぎます。その46本の染色体の内訳ですが、常染色体が22組44本、性を決定する性染色体が2本、計46本になります。2本の性染色体の内、X染色体のみを2本持つ胚は女性になり、XとY染色体をそれぞれ1本ずつ持つ胚は、Y染色体がX染色体の働きを抑えて男性になります。通常、染色体が1組2本というようにペアーであるのに対して、精子形成を司るY染色体が1本だけであることが、男性不妊の治療を困難にする原因があります。
染色体が対になって2本で1組になっていることにより、1本の染色体のDNAに傷がついたとしても、残りのもう1本の正常なDNAをコピーして修復することができるので、正常な遺伝情報が保たれる仕組みになっています。しかし、1本しかないY染色体は、DNAが傷ついても修復が難しく、しかも精子の元になる細胞から精子が造られる過程で、DNAに様々な異常が突発的に発生(突然変異)していきます。
Y染色体は生命維持に関係ない染色体ですので、異常が生じても流産(自然淘汰)をすり抜けて出産しますので、結果として、淘汰をすり抜けたY染色体の異常は、成人してから造精機能障害という形で発覚するということです。Y染色体の異常=精子の異常は、哺乳動物の生殖の弱点なのです。
顕微授精・体外受精
そもそも生殖補助医療の技術は、精子数が少ないのならば、「限られた精子で受精の可能性を高めるために」、また同時に、運動能が低いならば、「卵子に泳ぎ辿り着くまでのエネルギー消費を少しでも抑えるために」という考えから、精子をできるだけ卵子の近くに届けることを目指してきた技術です。その点では、精子1匹を卵子に注入する顕微授精は最も合理的な技術ですが、健康な命を誕生させるために安全な顕微授精を行うには、異常のない健康な精子を選別しなくてはならないという重責があります。
精子の形成が正常な男性の場合は、性交により腟内に射精された精子のうち、元気な精子は数十分で膣の奥の子宮腔内に進入します。射精後、膣内には数億匹の精子が射精されますが、その中から選ばれた僅かな精子だけが子宮腔内に進入できるのです。さらに子宮の奥の卵管を遡上していく過程で、精子の数はどんどん減り、最終的に卵子に到達できるのは数十匹程度と考えられています。精液中に元気な精子が少なければ、卵子に到達する精子が全くいないということもある訳です。
つまり、数億匹の精子から選ばれた優秀な精子1匹が卵子と受精して命を誕生させることを可能にするという、なんとも神秘的で奇跡的な出会いなのです。顕微授精をはじめ、生殖補助医療により生まれてくる子どもの健常性を保証する(健康な赤ちゃんを誕生させる)ためには、上述した自然界におけるような卵子に自力で辿り着ける優秀な精子と同等な品質の精子が治療に用いられることが求められます。言い換えれば、本来ならば女性の体内で自然に行われる正常な精子の選別を、人の手で(人工的に)代行し得ることが必須になるということになります。
つまり、精子の数が多くても少なくても、卵子に自力で辿り着ける優秀な精子と同等な品質が失われているのであれば、精子側からの妊孕性(妊娠させられる可能性)は極めて低く、顕微授精しても結果には繋がらないということです。精子の良し悪しは、数ではなく質を見極めること(質的評価)が極めて重要であることを知ってください。
また、顕微授精という技術は、本来、受精しては困る異常な精子(もしくは、本来受精できない異常な精子)でも人の手を介して人工的に授精を可能にしてしまうという点では、とても怖い技術になります。同時に、顕微授精は、精子の異常を治す(精子の品質を補償する)ことができる技術ではありませんので、顕微授精に用いる精子の状態によっては、生まれてくる子どもの健康への影響が生じる可能性があります。この顕微授精のリスクも知った上で、夫婦毎に安全かつ適切な治療を選択して欲しいです。
出産
前述しましたが、ヒト精子においては性善説が成立しませんので、一見 正常に見える精子の中にも、アポトーシスが誘発されたDNAが傷ついた異常精子が修復されないまま精液中に混在してきます。精子側のDNA損傷は、受精して卵子に侵入した後に卵子側のDNA修復機構に依存して修復されますが、体外の培養液中で どの程度修復されるかはわかりません。もしDNA損傷精子が未修復のままの状態 もしくは 不完全に修復された状態で顕微授精により卵子に注入されると、卵子側のアポトーシス情報伝達系が活性化されて胚DNA損傷を誘発する可能性があり、それは染色体異常に繋がります。その一部は流産により淘汰されますが、一部はそのまま発育して出産に至ります。
繰り返しになりますが、顕微授精は、精子DNA損傷の異常を治す(精子の品質を補償する)ことができる技術ではありません。また本来受精しては困る異常精子でも人工的に授精を可能にしてしまう技術でもありますので、顕微授精に用いる精子の状態によっては、生まれてくる子どもの健康への影響が生じる可能性があります。この顕微授精のリスクも知った上で、夫婦毎に安全かつ適切な治療を選択することが極めて重要です。
2015年にコロンビア大学から、カリフォルニア州で1997〜2007年に出生した590万例の小児に対して、長期大規模疫学調査をした結果、「顕微授精に代表される生殖補助医療で生まれた子どもは、自然に妊娠して誕生した子どもに比べ、自閉症スペクトラム障害(社会性、コミュニケーション、行動面の困難を伴う発達障害の総称)であるリスクが2倍である」という内容が報告されました(American Journal of Public Healthに掲載)。
海外では、同様の内容が数多く報告されており(MJ. Davies, et.al. Reproductive Technologies and the Risk of Birth Defects, The New England Journal of Medicine, 366: 1803-1813.2012)、「顕微授精と自閉症スペクトラム障害の関係の間に因果関係がないとは言い切れない」という見解を出しています。アメリカ政府のアメリカ疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC))は、コロンビア大学の報告を主要な調査結果として所管し、さらに「自閉症スペクトラム障害は、1970年代のアメリカでは3000人に1人の割合で発症していたが、2014年には68人に1人にまで増加した」と自閉症スペクトラム障害が急激に増加した内容も追加報告しています。
一方、日本の生殖補助医療による出生児の先天異常に関するフォロー体制においては、子どもが成長している過程で診断が可能になる「自閉症スペクトラム障害」や「注意欠陥多動性症候群」、「精神発達遅滞」などの神経発達障害は含まれていません。ですから、今後、日本における疫学調査の結果を正確に数値化するために、生殖補助医療で出生した全ての子ども達が少なくとも成人するまで追跡し得た、長期大規模疫学調査が実施されることが必須です。
上述したように、顕微授精による出生児の安全性に関しては未だ不明な点が多く、逆に言えば、生殖補助医療が自閉症スペクトラム障害を含む神経発達障害にどの程度の影響を与えているかについての因果関係については、現時点において明確に証明されている訳ではありません。だからこそ、今この瞬間にも顕微授精で赤ちゃんが生まれていることを思えば、命を造り出す生殖補助医療において「疑わしきは避けるべきである」という考え方を優先すべきではないのでしょうか。
健康的な精子を作るためには
インターネットや雑誌には「〇〇を飲めば、精子が増える」といった情報があふれている影響もあり、不妊治療で受診した夫婦の大半は様々な「精子サプリ」を飲んでおられます。同時に、「精子が少ない」「精子の動きが悪い」と言われご夫婦からは、様々な質問を受けます。
「適度な運動は必要なのか?」「どんな食事が良いのか?」「精子を増やすためのお勧めの薬やサプリメントは?」「禁欲期間をどのくらいとれば良いのか?」「ブリーフよりトランクスの方が良いのか?」「ノートパソコンを膝において仕事をすると精巣に悪い影響があるのか?」「タバコやお酒はやめた方がいいのか?」「酸化ストレスは精子に悪い影響があるのか?」等々、以下に回答を記載いたします。
食生活
活性酸素を減らそうと、サプリメントを飲んでいる人も多いかと思いますが、活性酸素には4種類あり、ビタミンC、ビタミンEなどの抗酸化物質で全ての活性酸素に対応できるものはありません。ですから、特定の活性酸素に対応する抗酸化物質を高濃度に含むサプリメントを飲むより、様々な抗酸化物質を含む緑黄色野菜(パプリカ、ほうれん草、ブロッコリー等)やお茶、大豆などをバランス良く取る方が効果的です。
日常生活を送る中で発生する活性酸素や酸化ストレスの範囲では、バランスよく、多くの品目を摂取するように心がけていれば、精子の異常に直結する心配をする必要はありません。
しかし、遺伝子に問題があることが精子異常を誘導している場合は対象外になります。
運動
過度な運動をすると、活性酸素が増え過ぎた状態(酸化ストレス)になり、細胞のDNAや細胞膜、動脈の内膜等を傷つけることがあり、その結果、老化やがん、心臓の病気に繋がる可能性が生じます。しかし、私たちの体の細胞には、活性酸素で傷ついた細胞を修復したり、排除してくれる仕組みがありますので、何事も過度にならない限りは心配しないで大丈夫です。
日常生活を送る中で発生する活性酸素や酸化ストレスの範囲では、適度な運動を心がけていれば、精子の異常に直結する心配をする必要はありません。しかし、遺伝子に問題があることが精子異常を誘導している場合は対象外になります。
サプリメント
医薬品は「病気の診断、治療、予防に使用することを目的とした薬品」と法律で定められていますが、サプリメントは医薬品以外をいい、あくまでも「補充」を意味し、「食品」と定義されています。
外来で話している患者夫婦の大半は、「医薬品には専門家に管理してもらわないと危険なイメージがありますが、サプリメントは自然のものだから自分で管理できて安心です」といいます。確かに医薬品には必ず副作用がありますし、よく効く薬ほど副作用も強く、使い方を間違えると大変危険ですので、専門家による管理が必要です。一方で、サプリメントは食品ですから、自身の判断で食べてもさほど危険がありませんが、逆に言えば、あまり効果を期待できないということです。
① 亜鉛は精子を増やすの?
亜鉛は、鉄の次に体内に多い必須微量元素で、細胞の増殖に不可欠です。前立腺液の中の亜鉛濃度は、血清(血液が凝固した時に上澄みにできる淡黄色の液体成分)の300倍以上で、精巣では盛んに精子が形成(細胞増殖)されています。そのような点から、亜鉛を摂取することにより精子が増える?といった発想が定着しているのです。
不妊治療施設で「精子が少ない」といわれた男性の多くの方が、亜鉛のサプリメントを摂取していますが、あまり知られていない注意点があります。それは、亜鉛の過剰摂取が、銅の吸収阻害による銅欠乏(低銅血症)や貧血など、様々な健康被害を招くという点ですので、長期摂取はお勧めできません。
通常の食事をしていれば、1日10ミリグラム程度は摂取していますので、亜鉛の欠乏や、逆に亜鉛の過剰摂取を心配する必要はありません。亜鉛をはじめとする必須微量元素は、少しの過剰摂取でも中毒に結びつく危険性がありますので、多くの品目を食す(偏食を避ける)という食事習慣が、一番安全かつ簡単な摂取法になります。
②アルギニンは精子を増やすの?
亜鉛サプリメント同様に、「精子が少ない」といわれた男性の多くの方が、精子サプリとして注目されているアルギニンを取られています。精子のDNAを構成するタンパク質のプロタミン内におけるアルギニンの占める割合が高いという点から、アルギニンを摂取することにより精子が増える?といった発想になったのでしょうか。
しかし、アルギニンは、非必須アミノ酸に分類され、体内で造ることができます。つまり、通常の食生活をしていれば体内で過不足なく造られますので、サプリメントとして摂取する必要がありません。アルギニンをたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません。
③ コエンザイムQ10は精子を増やすの?
細胞内小器官のミトコンドリアは、ブドウ糖を水と炭酸ガスに分解してエネルギーを作りますが、その最終工程で活性酸素を必要とします。精子サプリとして注目されているコエンザイムQ10ですが、活性酸素と水素から水を造る反応を助けます。
コエンザイムQ10が加齢とともに減少することから、アンチエイジングサプリメントや、抗酸化作用に着目した造精機能改善サプリメントとして利用されていますが、加齢により減るのは、必要とするエネルギー基礎代謝が減るからです。
コエンザイムQ10は、もともと体内で必要とされるエネルギーに合わせて生成、分解できる物質ですので、積極的に摂取する必要もないというのが真実です。コエンザイムQ10をたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません。
結論、サプリメントで「精子は増えません!」
「精子の状態が悪い」といわれた妊娠したい夫婦が、「これを飲めば精子が増える」という情報に心を動かされる気持ちはわかります。
しかし、繰り返しお話してきましたが残念ながら、精子異常の背景には遺伝子の問題(先天異常)が関与しているケースが殆どですので、サプリメントでどうにかなる問題ではありません。
インターネット情報は、「できること」を強調しがちです。「できないこと」もたくさんあることを知ってください。
ブリーフよりトランクス?
一般的に造精機能を維持するためには、精巣上体を含め、精巣の周囲が体温より低いことが必須であることから、ぴったりとしたブリーフで体温を高めることが良くないという考え方が定着し、「精巣にはブリーフよりも通気性の高いトランクスがいい」という話は良く出てきます。熱を貯めないというイメージではブリーフよりトランクスの方が良いように感じますが、ぴったりのブリーフ着用の方が、みなさん不妊だという話は聞いたことがありません。
ノートパソコンが精巣に悪影響?
また、日々の診療の中で、ノートパソコンを膝において作業することにより、精巣の周囲に熱が貯まり、造精機能に障害を与えるのではないか?という質問も多いですが、最近のノートパソコンは省電力であり、発熱は最小限に抑えられています。パソコン自体の熱の影響よりも、同じ姿勢で長時間のパソコン作業をすることによる下半身の血行不良が生じる可能性があり、この血行不良が精子を造る精巣に悪影響を及ぼすのかもしれません。あまり長時間にならないように気をつけて作業すれば、さほど神経質になる必要はありません。
生活改善をしてもNGな場合も
ここで、繰り返しになりますが、不妊治療の現場において問題になるケースの大半は、先天性の遺伝子異常(先天異常)が原因で精子の形態異常が重篤になっている奇形精子症です。先天性の精子異常ですので、治療が困難になるケースが多く、生活習慣の見直しや薬やサプリメントで改善を期待することはできません。
また一方で、楕円頭部の運動精子、すなわち一見 精子の形が正常で「奇形精子ではない」と認識できる運動精子の中に、通常の顕微鏡では検知できない異常、「隠れ造精機能障害=隠れ精子形成障害=隠れ精子異常」が潜んでいるケースも多いのも事実です。この隠れ精子異常の背景においても、遺伝子の問題(先天異常)が関与していますので、このような場合も、食生活を改善するとか、適度な運動をするとか、そのような身近な環境を整えても残念ながら効果を期待できないということです。
このように精子の問題には遺伝子異常が関与している場合が殆どです。前述しましたが、精子奇形のみならず、精子異常の原因になる遺伝子異常は、『新生突然変異』といわれ、2万個以上のヒトDNAにおいて、精巣で精子が作られる過程で、あらゆる遺伝子に一定の確率で突然変異が起きます。その遺伝子の突然変異は、精子1匹ごとに異常な箇所が異なりますので、大変複雑になります。このことが、男性不妊の治療を困難にさせています。
まとめ
妊活を考えたら、精子の質を調べる精密検査をなるべく早い時点でやりましょう。その結果により、方向性が見えてきます。詳細は、精子機能検査の項目を参照ください。

Author information
監修者│黒田 優佳子
黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。