日本では、学会に登録している限定された施設における生殖補助医療の臨床成績が報告されており、その中で『先天異常児の調査』が実施されています。つまり、生殖補助医療で誕生した全ての出生児を対象にしている大規模な疫学調査の結果ではありません。また、そのデータの中には、生後すぐには判断ができず、子どもが成長している過程で診断が可能になる「自閉症スペクトラム障害」や「注意欠陥多動性症候群」、「精神発達遅滞」などの神経発達障害は含まれていません。つまり、日本における生殖補助医療による出生児の先天異常に関するフォロー体制は まだ現在進行形にあるのも事実です。今後、日本においても疫学調査の結果を正確に数値化するために、学会登録施設のみならず生殖補助医療で出生した全ての子ども達が少なくとも成人するまで追跡し得た、長期大規模疫学調査が実施されることが必要です。
海外の長期大規模疫学調査の結果と見解
一方、海外では、2015年にコロンビア大学教授のピーター・ベアマン氏らの長期大規模疫学調査の結果が『American Journal of Public Health』という雑誌に掲載されました。その内容は、カリフォルニア州で1997〜2007年に出生した590万例の小児に関するデータを元に分析されたのもので、「顕微授精に代表される生殖補助医療で生まれた子どもは、自然に妊娠して誕生した子どもに比べ、自閉症スペクトラム障害(社会性、コミュニケーション、行動面の困難を伴う発達障害の総称)であるリスクが2倍である」という調査結果の報告でした。アメリカ政府のアメリカ疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は、この内容を『データと統計』の中で「従来の体外受精と比較して、顕微授精が用いられた場合、生まれた子どもには自閉症スペクトラム障害と診断される傾向が高かった」として発表し、主要な調査結果として所管しています。またアメリカの自閉症支持団体「オーティズム・スピークス」のマイケル・ロザノフ氏は、この調査結果について「顕微授精に代表される生殖補助医療技術が自閉症スペクトラム障害のリスクに有意な影響を及ぼす可能性がある」と述べています。さらにCDCは「自閉症スペクトラム障害は、1970年代のアメリカでは3000人に1人の割合で発症していたが、2014年には68人に1人にまで増加した」と報告しています。
上述しましたように、自閉症スペクトラム障害の急激な増加と生殖補助医療の普及との関連性を指摘する報告は多数あり、海外では「顕微授精と自閉症スペクトラム障害の関係の間に因果関係がないとは言い切れない」という見解を出しています。
命を造り出す生殖補助医療において「疑わしきは避けるべき」
しかし、生殖補助医療が自閉症スペクトラム障害を含む神経発達障害にどの程度影響を与えているかについての因果関係については、現時点において明確に証明されている訳ではありません。
生殖補助医療が自閉症スペクトラム障害を含む神経発達障害にどの程度影響を与えているかについての因果関係を結論付けるためには、基礎研究と共に多数の臨床症例を解析した長期大規模疫学調査が必要でなり、明確な回答が得られるには、50年、80年いやそれ以上の相当の時間を要します。だからこそ、今この瞬間にも顕微授精で赤ちゃんが生まれていることを思えば、命を造り出す生殖補助医療において「疑わしきは避けるべきである」という考え方を優先すべきではないのでしょうか。