- 男性不妊治療の専門クリニック│黒田インターナショナルメディカルリプロダクション
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- 保険適用によって避けて通れない「顕微授精の限界」の開示
更新日:2024.08.24
保険適用によって避けて通れない「顕微授精の限界」の開示
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保険適用に伴う医療機関側の責任
これまでの不妊治療は自費診療でした。常に高額な治療費が問題になり、経済的負担ばかりに焦点が当たってきましたが、自費診療は個人の契約ですから、医療機関と患者夫婦の合意のみで成立してきました。しかし昨年10月、菅義偉元首相が、全世代型社会保障検討会議において「出産を希望する世帯を広く支援し、ハードルを少しでも下げていくために不妊治療への保険適用を早急に検討する」と発言し、2022年4月から不妊治療の保険化が実現化されましたので、健康保険事業を行う保険者や自治体との合意も必要となります。
不妊夫婦側にとっては保険適用が吉報のように思えますが、実は不妊治療の保険化に伴うリスクが生じることも否定できません。また不妊治療を実施する医療機関側においては、保険診療では他の病気と同じようにEBM(Evidence-Based Medicine)、すなわち「(科学的)根拠に基づいた医療」が重視され、また医療経済の観点から不妊治療の適正化、効率化、すなわち他の病気と同じように「費用対治療効果」が求められるようになります。
顕微授精の安全性や有用性は発展途上
1983年に国内初の体外受精児が誕生してから約40年が経った今、日本において不妊治療をしている夫婦は年間約50万人、不妊に悩んでいる夫婦は4-5組に1組、年間約5万人の子供(総出生数の約5%、出生児の約15人に1人)が生殖補助医療により誕生しています。
生殖補助医療の中でも顕微授精は、重度な造精機能障害(精子異常)に対する最終手段として導入され、頭部が楕円で元気に泳いでいる精子を正常(運動精子=良好精子)と考えて1匹を捕捉して卵子に刺せば人工的に授精を可能にする利便性から、「どんなに精子の状態が悪くても、運動精子が1匹でもいれば妊娠できる」というイメージが定着し、現行では生殖補助医療の約8割を占めるまでに至っています。しかし、この度の保険化を機にこれからはイメージでは成り立ちません。また顕微授精の安全性と有効性に関しても既に確立したようなイメージで捉えられていますが、実はそうではなく、未だ発展途上にある状況を改めて認識していただきたいです。
顕微授精のリスクとは?│事例や子供への影響について
運動精子=良好精子ではない
良好精子と見える運動精子の中にも隠れた異常を持った精子もあり、またその背景には遺伝子の問題が関与しています。また顕微授精は あくまでも精子の数の補足をする技術であり、遺伝子の問題が関わる精子異常を治すことには対応できませんので、「顕微授精が万能ではない」というのが真実なのです。つまり、これまでの運動精子=良好精子とする治療モデルに不備があったということ、言い換えれば 運動精子を捕捉して刺すだけでは顕微授精の有効性のみならず、安全性も保証できない(顕微授精の有効性や安全性など科学的根拠に基づいたエビデンスが確立していない部分がある)ということです。すなわち、臨床精子学の視点から見た時、「顕微授精は むしろ精子の状態が悪い方(精子異常)には不向きな治療法である」というのが結論(真実)です。
欧米と日本との顕微授精への考え方の違い
欧米では10年以上前から「顕微授精で生まれてくる子供に発達障害を含む先天異常が多い」という報告が多数あり、アメリカ疾病対策予防センターは「先天異常と顕微授精との間に因果関係がないとは言い切れない」という見解を出し、顕微授精への危機管理意識が定着しています。一方で日本では、先天異常を専門とする小児科医や研究者らからは「顕微授精や胚盤胞培養で生まれてくる子供とゲノムインプリンティング異常(遺伝子の働きを調整する仕組みに異常が出る病態)との関連性・リスク」を危惧する研究成果も報告されていますが、そのような背景の中でも日本では「顕微授精は安全で、自然に妊娠した時と同じ位のリスクです」と説明される傾向にあり、出生児の精神発達障害を含めた心身発育状況が表面化してくることはほとんどありません。
保険適用化でこれまでの生殖補助医療の考え方を見直す機会へ
今まで議論されなかった「精度の高い臨床統計」に基づき顕微授精が安全に「補助できること、できないこと」、つまり「顕微授精の安全性」と「顕微授精の有効性の評価=顕微授精の技術限界」を明確にすることが保険化の前提となり不可欠になりますので、保険化により これまでは表面化し難かった精子異常の問題も前面に浮上してくることになります。
命を造り出す生殖補助医療では、何より安全が最優先されなくてはなりません。だからこそ、先天異常と顕微授精との因果関係を完全に否定できない現状において保険診療で出生児に何か問題が認められた時には、医療機関に限らず、むしろ国も責任を負う可能性が生じることでしょう。また保険化に伴い、一律保険点数内で管理された技術の提供に収めざるを得ない状況になり、医療の質が低下し、その結果 二次的な社会問題が発生するリスクも否定できません。色々な側面より、この度の保険化は「これまでの生殖補助医療の過去を総括する」良い機会です。
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監修者│黒田 優佳子
黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。