公開日:2022.06.07 
更新日:2024.01.30

損傷精子とは?隠れた損傷精子を見つけて安心で安全な不妊治療を

監修者 | 黒田 優佳子
男性不妊治療の専門である黒田IMRの院長

精子学の研究者であり医師である視点から、
不妊治療における誤解やリスクを解説

損傷精子とは?隠れた損傷精子を見つけて安心で安全な不妊治療を

損傷精子の状態とは

現行では、頭部が楕円で元気に泳いでいる精子は正常(運動精子=良好精子)という考えが定着していますが、実は楕円頭部の運動精子の中に、以下のような「損傷精子」が混在しています。精子損傷の状態には、通常の顕微鏡で明らかに異常とわかるような「見た目でわかる精子形態」が損傷した場合と通常の顕微鏡では見えない「精子の中に隠れた精子内部構造や機能」が損傷した場合があります。

不妊男性の場合は
① 頭部に収納されているDNAが損傷されている精子(DNA断片化陽性精子)、
② 精子形成過程で生じる頭部の中の空胞が残存している精子(頭部空胞精子)、
③ 頭部に収納されている先体の構造ならびに機能が損傷されていて、受精する時に卵子に侵入することができない精子(先体異常精子)
④ 運動能が異常な精子 等

多様な異常が隠れている(隠れ精子異常がある)場合が大半です。すなわち、運動精子の中に通常の顕微鏡では見えない「隠れ異常精子」が存在するということです。しかも、隠れ精子異常が誘導される背景には遺伝子の問題が関与しており、一般的によく指摘されるような精子数が少ないとか運動率が低いと言うような、見た目で簡単に判るという形では表れませんので、不妊治療において精子の見た目のみならず、隠れた精子の異常を見極めることが極めて重要です。

その一方で、不妊男性の精子の中には、通常の顕微鏡で明らかに異常とわかるような重度な形態損傷した精子(奇形精子)も多いのも事実です。また奇形精子になる背景にも、隠れ異常精子と同様、遺伝子の問題が関わっていますので、精子の問題は深刻なのです。

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精子DNAが損傷するメカニズム

ヒトの体を構成している細胞(体細胞)の一部には、プログラムされた細胞死(これを、アポトーシスと言う)があり、DNAの損傷を引き起こしますが、傷ついたDNAを修復する仕組み(DNA修復機構)が備わっていますので、すぐに修復されて正確な遺伝情報が伝達されます(正常性が維持されます)。このような体細胞のDNA修復機構はヒト卵子においても同様ですが、ヒト精子は特殊で一般の体細胞とは異なります。

どのように特殊かといいますと、ヒト精子は造られる過程で、第2減数分裂後期以降にDNA修復機構が失われる点にあります。その結果、正常の造精機能を備える男性でも、様々な原因によって精子DNAが損傷されますが、傷ついたDNAが修復されないままDNA損傷精子として残存してしまいます。この特性が、見かけが元気な運動精子の中にDNA損傷精子が混在する理由です。

日本生殖医学会において、加齢とともに1日当たりの精子の産生量(精子数)や射精される精液の量(精液量)、性欲の減少とともに、運動率や正常形態率の低下も指摘されていることから、加齢により精子DNAも損傷される傾向にあると誤解されています。実際のところ、生殖補助医療の治療対象となる不妊男性(20~60歳代)の精子DNA損傷率は高い傾向にあり、その背景には先天性の遺伝子異常が関与しているケースが多いというのも事実です。すなわち、精子DNA損傷は年齢に直結しません。

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精子DNAが損傷していることでの妊活への影響

前述しましたが、ヒト精子においては一見 正常に見える運動精子の中にも、アポトーシスが誘発されたDNAが傷ついた異常精子が修復されないまま精液中に混在してきます。
DNAがひどく傷ついた精子は受精しませんし、たとえ受精しても発生は進みませんので、胚の発生停止や流産(自然淘汰)により、命の誕生にまで至りません。一方で、わずかな精子DNAの傷ならば、受精する機能に問題がなければ受精して発生が進んでしまう可能性があります。

運が良ければ、受精した後に卵子側のDNA修復機構が精子のDNAの傷を修復してくれますが、ほんのわずかの傷を治すのが精一杯なので、その修復が未修復もしくは不完全に終わってしまった場合には、卵子側のアポトーシス情報伝達系が活性化されて胚DNA損傷を誘発する可能性があり、それは染色体異常に繋がります。そのほとんどは流産により淘汰されますが、一部はそのまま発育して出産に至り、出生児の健康に影響を及ぼすリスクが残ります。

顕微授精という技術は、本来 受精しては困る、DNA損傷が未修復もしくは不完全修復の異常精子でも人の手を介して人工的に授精を可能にしてしまうという点では、とても怖い技術になります。同時に、顕微授精は、精子DNA損傷を含む精子異常を治す(精子の品質を補償する)ことができる技術ではありませんので、顕微授精に用いる精子の状態によっては、生まれてくる子どもの健康への影響が生じる可能性があります。この顕微授精のリスクも知った上で、夫婦毎に安全かつ適切な治療を選択することが極めて重要です。

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損傷精子を見分けることは非常に困難

現行の精液検査では、普通の顕微鏡で主に精子濃度(1ml中の精子数)、運動率(運動している精子の割合)、大まかな頭部形態(見た目の精子の外見的な頭の形)を観察しますが、採取の度にデータ値が変動する可能性があること、また、普通の顕微鏡では見えない精子の中に隠れているDNA損傷等の異常(隠れ精子異常)を見極めることができないこと等の欠点があり、正確な精子情報を取得することは不可能です。

前述しましたが、精子DNA損傷のみならず、多様な隠れ精子異常が誘導される背景には遺伝子の問題が関与しており、必ずしも通常の顕微鏡で観察した見た目だけで判断できる精子数の減少や運動率の低下という形では表れません。2009年には日本産科婦人科学会においても、精子数や運動率は必ずしも精子の質を直接反映するものではないとコメントしていますが、多くの不妊治療施設では未だに世界保健機構(WHO)がまとめた、通常の顕微鏡で精子数や運動率、頭部形態を調べるといった、見た目だけの精液検査で精子側の妊孕力(妊娠させる力)を評価しています。

私ども精子研究チームでは、見た目のみならず、多様な隠れ精子異常を精密に観察するための分子生物学的な検査法を開発しました。精子DNA損傷を例に取れば、本法は、世間一般に出回っている色素で精子を染めてDNAの傷を判定する簡易式検査キットによるものではありませんので、正直なところ大変な手間と熟練を要しますが、DNA損傷の種類と程度をかなり正確に調べられる検査です。つまり、科学的根拠に基づいた正確な精子情報を開示(把握)できる精密検査になります。

当院での取り組み

前述した当院の精子精密検査では、精子DNAの損傷(DNA断片化陽性精子)のみならず、頭部に残存した空胞(頭部空胞精子)や先体の損傷(先体異常精子)等、多様な隠れ精子異常を正確に見極めることが可能になります。

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精子詳細情報の取得が可能になることにより、精子側の視点から、治療に伴うリスクや「不妊治療が必要か、不要か」という治療適応の有無が明確になり、また治療が必要になった場合には、「どのような治療法が安全かつ最適なのか」という個別化プランが具体化しますので、その後の展望(治療の見通し・妊娠の可能性)を見据えて方針を検討できるという意味で効率的です。

ですから当院では、最初に精子精密検査を実施していただきます。その精子詳細情報を踏まえて、精子側から安全で最適なオーダーメイド治療案を設計し、院長自らが研究者としての知見と医師としての臨床経験の両方の見地から高精度な技術を提供しています。

しかし逆に、重度な精子異常が明らかになり、精子側から「安全な治療の土俵に乗ることができない=治療断念」という厳しい結果が出ることもあります。その場合、不妊治療未経験の夫婦であったら「無治療のまま撤退(治療断念)を選択できるのか」、また長期にわたる反復不妊治療不成功の夫婦であったら「治療の打ち切りを納得して受け入れられるのか」等、思ってもいなかった事実を伝えられた場合は、例外なく混乱し、心の葛藤、絶望は想像を絶するものがあります。不本意な結果に対して夫も妻も共に納得して次の人生に切り替えるには、科学的根拠に基づいたサイエンスの観点だけでは割り切れない「心の問題」を整理する時間も必要になります。そこで当院では、院長自らが夫婦とのカウンセリングにも十分な時間をかけて親身に対応しています。

全ての不妊夫婦が治療の土俵に上がれるわけではありませんし、また治療の土俵に乗っても皆が皆、妊娠できる訳ではありません。この現実をしっかりと認識した上で、夫婦の強い想いや考え方を共有して「上手な妊活」をしていただくことを切望しております。

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まとめ

精子の老化(精子の品質低下)に関しては、真偽のはっきりしない不確実な情報が溢れ、一般的には「精子の数が十分あり、元気に泳いでいれば問題なし」「卵子の老化と同様に、年齢を重ねれば精子も老化する」といったイメージで語られていますが、実は、そうではありません。繰り返しになりますが、精子異常の背景には遺伝子異常が関与している場合が多いため、卵子と違って加齢の影響は低いというのが真実です。ですから、不妊治療において、いくら妻の治療がうまくいっても、夫に問題があれば妊娠率は上がりません。男性不妊の問題は、不妊治療において最も深刻な問題になります。だからこそ、不妊治療を開始する前の段階で精子精密検査を実施していただくことが極めて重要であり、必要不可欠になります。

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監修者│黒田 優佳子

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監修者│黒田 優佳子

黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

出版
不妊治療の真実 世界が認める最新臨床精子学
誤解だらけの不妊治療

主な監修コラム
不妊治療について
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