奇形精子の割合を下げることはできる?奇形精子症の原因と治療法について【専門医監修】

黒田優佳子 医師
この記事の執筆者 医師・医学博士 黒田 優佳子

慶應義塾大学医学部卒業後、同大学大学院にて医学博士号を取得。
その後、東京大学医科学研究所 生殖医療研究チームの研究員として、男性不妊に関する基礎・臨床研究に従事。
臨床精子学の第一人者としての専門性を活かし、男性不妊に特化したクリニック「黒田IMR(International Medical Reproduction)」を開院。
診察から精子検査・選別処理、技術提供に至るまで、すべてを一人の医師として担う体制を確立。専門性の高い診療を少数精鋭で提供しつつ、啓発・講演活動にも取り組んでいる。

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<この記事のまとめ>

  1. 奇形精子症の原因は「先天性因子」「後天性因子」の2つが存在しています。先天性因子の場合、治療は極めて難しいことが多いです。一方で「後天的因子(例えば、ストレス、睡眠不足、偏った食生活、長期禁欲など)」は生活習慣の改善で、軽度の奇形精子率を下げられる可能性があります。
  2. 見た目が正常な形をした精子の割合のことを、正常形態率と呼びます。世界保健機関 WHOが定めている正常形態率は僅か4%です。「奇形精子症」とは、正常形態率が4%未満、すなわち奇形精子の割合が96%以上の場合に診断されます。
  3. 実は「正常な形の運動精子=良好精子」とは限らず、見た目だけでは判断できない「隠れ精子異常」が存在します。こちらに気が付かないまま顕微授精を繰り返しても結果には繋がらないため、高精度な精子機能検査をすることが重要です。
目次

精子の正常な形とは?

正常な形をした精子は、頭部の外周形状が楕円形で、尾部は真っ直ぐ長く伸びており、その間がスムーズに連結されています。
皆さんに伝えたい重要な点は、以下写真のような見た目が正常な形をした運動精子の中にも「隠れ精子異常」といって「見えない部分に色々な異常がある精子」が多いという点です。
詳細は「隠れ精子異常の危険性について」の項目で解説しますので、ぜひ一読ください。

奇形精子とは?

上述したような正常な形をしていない精子を一般的に「奇形精子」と言います。奇形精子の中には、明らかに頭部が変形していたり、中片部が未成熟で肥大していたり、また尾部が欠損しているような異常が目立つものもあれば、一見すると正常な精子に見える軽度なものもありますので、正しい知識に基づいた診断が重要になります。

一般精液検査では、普通の顕微鏡(位相差顕微鏡)で以下の3箇所の形態を観察します

観察箇所正常異常
① 頭部外周形状が楕円形金平糖のような凸凹がある
細長い
大小不同
② 尾部真っ直ぐ長い欠損している
短い
ヘラ状に太い
コイル状
③ 中片部頭部と尾部の連結間がスムーズ肥大してエリマキトカゲのように見える

奇形精子の写真を見てみましょう!

一見すると正常な精子に見える軽度の奇形精子は、以下のように見えます。

この写真だけを見ると、イメージ通りの精子の形をしていて、何ら問題がないように感じるでしょう。しかし、先ほどの正常な精子の写真と見比べますと、頭の形が不揃いで変形していることがわかります。また頭部と尾部を連結する中片部には未成熟性に伴う肥大傾向が認められます。

一方で重度な奇形精子の場合は、以下のような見え方になります。

ここまで形態異常が明らかであれば、奇形精子の見極めは容易いでしょう。

そもそも精子の大半は奇形精子!

ここまで正常な形の精子と奇形精子について解説してきましたが、実際のところ精子の大半は「奇形」です。

一般精液検査で用いる位相差顕微鏡で観察して見た目が正常な形をした精子の割合のことを、正常形態率と呼びます。世界保健機関 WHOが定めている正常形態率は僅か4%です。正常形態率が4%未満、すなわち奇形精子の割合が96%以上の場合に「奇形精子症」と診断されます。

造精機能(精巣で精子を造る機能)が健常な男性であっても、正常形態率は20%以下とされていますので、「いかに正常な形の精子が少ないのか」ということがお分かりいただけるでしょう。

奇形精子症の原因と治療法

位相差顕微鏡で観察した際に、軽度の奇形精子が多く見られる場合は、生活環境などの「後天性因子」による影響を否定できません。この場合は、生活環境の改善を図ることにより、多少なりとも効果が期待できる可能性があります。

一方で、位相差顕微鏡で見て、明らかに異常と分かるような重度の奇形精子が多く見られる場合は、生まれつきの遺伝子異常による「先天性因子」が原因であることがほとんどです。残念ながら、治療対象になる男性不妊の方の精子の問題(奇形精子症も含めて)の大半は、新生突然変異という遺伝情報DNAのコピーミスにより起きてきますので、先天性の遺伝子異常になります。結果として治療が難航します。

後天性因子による奇形精子症は、治療できる可能性がある!

少数派ではありますが、後天性因子により軽度の奇形精子ができる原因には以下のようなものがあり、原因を取り除くことにより多少の改善が期待できる可能性があります。

  • 精索静脈瘤や抗がん剤等、精子形成に影響を与える要因
  • 過度なストレス
  • 睡眠不足
  • 食生活の乱れ
  • 飲酒
  • 喫煙習慣
  • 長期禁欲

不妊でお悩みのご夫婦の中には、これらが慢性化しているという方もいらっしゃるのではないでしょうか。上記の原因に該当する方で基礎疾患がある場合には、必要に応じて その治療を試みましょう。

生活習慣の改善によって正常な形の精子を増やせる可能性がある場合には、十分な睡眠時間を確保してストレスを取り除く努力をしたり、可能な限り飲酒と喫煙を控え、バランスのとれた食事や適度な運動を生活に取り入れることも大切です。長期禁欲状態に陥っている場合はご夫婦で話し合ってみてください。

先天性因子による奇形精子症は、治療できないケースも多い!

不妊治療をしてもなかなか妊娠に至らないご夫婦は、男性側が先天性因子による奇形精子症である可能性も視野に入れてください。この先天性因子による奇形精子症は、「受精段階における遺伝子の異常」と「初期発生段階におけるモザイクによる異常」の2つに分けられますが、その背景に遺伝子異常が関与していますので、治療困難な場合も多くみられます。

1. 「受精段階における遺伝子の異常」が原因の場合

奇形精子の原因が受精する段階で遺伝子の異常による場合は、左右の精巣の中にある計22~26本すべての精細管という細い管が機能不全になり、精子形成が停止します。このケースは治療の術がなく、残念ながら本人の精子を用いた不妊治療は不可能になります。

2. 「初期発生段階におけるモザイクによる異常」が原因の場合

奇形精子の原因が初期発生の段階におけるモザイクによる異常の場合、1~2本でも正常な精細管があれば、そこで正常な形の精子が産生されます。正常な形の精子の産生量は少ないですが、高精度な精子選別技術によって正常な精子を分離させ、奇形精子を排除するという、精子側の高度な関連技術を用いて不妊治療を行うことが可能になります。しかし、これらの技術を持っている専門施設は極めて少ない現状です。ただし、このケースの背景には遺伝子異常が関与していますので、薬などによる改善も見込めないため、治療が難航することも多いです。

【補足】最近の研究では、精子頭部の重篤な異常として「外周形状の異常」や「内部の空胞の残留」などが見られる場合、精子を形成する過程の最終段階で起こる「プロタミン架橋」の不備が強く疑われています(本記事では、詳細説明は省略)。

「隠れ精子異常」の存在と危険性を知ろう!

ここで一つお伝えしなければならないのは、「正常な形の運動精子=良好精子ではない」ということです。見た目は正常で「奇形精子ではない」と認識できる運動精子の中に、位相差顕微鏡では見えないような、さまざまな精子異常が隠れて存在しているケースがあるのです。これを「隠れ精子異常」と呼んでいます。

隠れ精子異常の背景には「新生突然変異」という遺伝子異常が関与しています。新生突然変異は、精巣で精子が造られる過程で起こり、子供のDNAに書き込まれるはずのあらゆる遺伝子に一定の確率で突然変異を引き起こします。遺伝子の突然変異は、精子1匹毎で現れる箇所が異なるため大変複雑です。このことが男性不妊の治療を難しくさせている要因の1つなのですが、一般的な不妊治療の現場では重視されていない点に大きな問題があります。

【重要ポイント①】不妊治療において妊娠できる可能性(妊孕性にんようせい)を論じる時には、一般的に精子の「正常形態率」の他に「精子数」や「運動率」ばかりが取り上げられますが、見た目が良好な運動精子の中にも隠れ異常精子は混在しますので、治療開始前に「真の良好精子=隠れ異常のない精子」であるかを見極めることが必要不可欠なのです。

【重要ポイント②】隠れ精子異常に気が付かないで見逃されたまま顕微授精を反復しても結果には繋がりません。結果として、夫婦の時間・労力・費用などの負担が増大します。また隠れ精子異常が見逃されたまま顕微授精に用いられ、人工的な授精が可能になり、妊娠、出産に至った際には、生まれてくる子供に何かしらの異常が発症するリスクがあります。

▼顕微授精のリスクとは?│事例や子供への影響について

奇形精子の割合は下げられるの?

後天性因子による奇形精子症の場合は、生活習慣の改善により多少なりとも奇形精子の割合を下げることができる可能性があります。一方で残念ながら、不妊治療の現場では先天性因子(先天異常)による奇形精子症が大半です。こにケースには遺伝子異常が関与していますので、奇形精子の割合を下げることは困難です。

【注意ポイント】精子の状態が悪い」と言われたご夫婦が「奇形精子の割合を少しでも下げて正常な形の精子を増やしたい」という思いになられ、「精子が増える?」とか「精子の質が上がる?」という情報に心を動かされる気持ちはよくわかります。

しかし前述していますように、奇形精子症も含めて治療対象になる男性不妊の方の精子の問題の大半は、新生突然変異(遺伝情報DNAのコピーミス)により起きてきますので、先天性の遺伝子異常になります。次項では、世間一般において「精子に良い」とされている「精子サプリメント」について解説しますが、結論から申しがれば、サプリメントには遺伝子異常を治す効果はありませんので、残念ながらサプリメントでどうにかなる問題ではありません。
世の中の情報は「できること」を強調しがちですが、「できないこと」もたくさんあるということを知っていただき、上手な妊活をしてください

サプリメントは、本当に精子に有効なのか?

これまで黒田IMRにお越しいただいたご夫婦の多くは、「医薬品は専門家に管理してもらわないと危険なイメージ」「サプリメントは自然のものだから自分で管理できて安心」と、薬よりもサプリメントの効果を信頼している方がほとんどでした。

確かに医薬品は「病気の診断、治療、予防に使用することを目的とした薬品」と薬機法で定められており、必ず副作用のリスクがあります。よく効く薬ほど副作用も強く、使い方を間違えると大変危険です。正しい効果を得るためには専門家が管理し、適切な処方をする必要があります。

一方、サプリメントは薬機法上、身体への作用があってはならず、あくまでも「食品」という定義です。つまり直訳通り、栄養素を「補充」してくれるだけのものであり、食事の補助として適量を摂取していれば問題が起きることはそう多くありませんが、摂取することで直接的に精子を増やしたり、奇形精子の割合を下げたりする効果は期待できません

この項では、世の中でよく「精子に良い」とされている成分の体への作用と、正しい摂り方について解りやすく解説しますので、参考にしてください。

ビタミンC・ビタミンE

活性酸素は体に酸化ストレスを与えます。体内の活性酸素を減らそうと意識して、ビタミンCやビタミンEといった抗酸化物質を含んだサプリメントを飲んでいるという方も多いですが、4種類ある活性酸素全てに対応できるものはありません。

体内の活性酸素を減らそうと意識するのであれば、様々な抗酸化物質を含む緑黄色野菜(パプリカ、ほうれん草、ブロッコリー等)、お茶、大豆などを積極的に摂取することが効果的です。毎日の食事でバランスのよい食事を取っていれば、日常生活の中で発生するレベルの活性酸素や酸化ストレスが精子異常に直結するという心配はありません

亜鉛

前立腺液の中の亜鉛濃度は、血清(血液が凝固した時に上澄みにできる淡黄色の液体成分)の300倍以上と豊富で、精巣では精子の形成(言い換えれば、細胞増殖)が盛んに行われていることから、「亜鉛を摂取すると細胞増殖しやすくなり、精子が増えるのではないか」という考え方が一般的に定着しています。実際に不妊治療施設で「精子が少ない」と診断された男性の多くの方が、亜鉛のサプリメントを摂取しています。

それでは、そもそも亜鉛は、どのような成分なのでしょうか? 亜鉛は、細胞の増殖に不可欠な必須微量元素です。つまり、健康維持に必要な成分ですが、その必要量は微量でいい、ということです。成人男性が1日に必要な亜鉛の量は10mg程度で、これは通常の食事をしていれば十分摂取できる量であり、極端な欠乏を心配する必要はありません

【注意】むしろ亜鉛には、少しの過剰摂取でも健康被害に結び付く危険性がありますので、注意が必要です。具体的に説明しますと、亜鉛を過剰に摂取すると銅の吸収阻害による銅欠乏(低銅血症)や貧血など、様々な健康被害を招いてしまいます。そのため、亜鉛のサプリメントは短期的に飲むなら問題にはなりませんが、長期的に摂取し続けることはおすすめできません。最も安全で簡単な亜鉛の摂取方法は、毎日の食事で偏食を避けてバランスよく多くの品目を摂取することです。

アルギニン

精子のDNAを構成するタンパク質「プロタミン」内のアルギニンの占める割合が高いという点から、「アルギニンを摂取すると精子が増えるのではないか」といった発想になったのでしょうか。亜鉛サプリメント同様に、「精子が少ない」と診断された男性の多くの方が、アルギニンも摂取されています。

そもそもアルギニンは非必須アミノ酸に分類されます。つまり、体内で生成できる成分ですので、サプリメントとして摂取する必要がありませんまた赤身の肉、鶏肉、乳製品、魚など幅広い食品にも多く含まれていますので、通常の食生活をしていれば過不足なく摂取できます。正直なところは、アルギニンをたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません

コエンザイムQ10

コエンザイムQ10は、人の生命維持や活動に必要なエネルギーを作り出す「ミトコンドリア」の働きを助ける抗酸化物質で、高い抗酸化作用があるため、「アンチエイジング」や「造精機能を改善する」と説明している不妊治療施設も少なくないようです。

しかし、そもそもコエンザイムQ10は、もともと体内で必要とされるエネルギーに合わせて生成・分解できる成分ですので、コエンザイムQ10を積極的に摂取する必要はありません加齢により減ってしまうのも「必要とするエネルギー基礎代謝が減るから」という理由です。コエンザイムQ10をたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません

参考記事:男性の妊活でサプリは精子に有効?生活習慣も含めて詳しく解説

精子に悪いとされている習慣の真実

日々の診療の中で「精子に悪い」とされている噂についてインターネット情報に左右され、根拠なく不安に思っていらっしゃる方も多いという印象を受けますので、ここで正しく解説します。

過度な運動には注意が必要ってホント?

活性酸素は、細胞のDNAや細胞膜、動脈の内膜等を傷付けることがあります。その結果 老化、がん、心臓の病気に繋がる可能性が生じます。しかし実際のところ、私たちの体の細胞には、活性酸素で傷ついた細胞を修復したり排除したりする仕組みがあるため、適度な範囲内の運動量であれば、日常生活の中で発生するレベルの活性酸素や酸化ストレスが精子異常に直結するという心配はありません

ブリーフよりトランクスにすべき?

一般的に造精機能を維持するためには、精巣上体を含めて精巣の周囲が体温より低い温度であることが必須です。このことから、熱を溜めないというイメージで「ぴったりとしたブリーフで精巣周辺の温度を高めることが良くない」という考え方が定着し、「精巣にはブリーフよりも通気性の高いトランクスの方が良い」という話がよく出てきます。しかし、いつもぴったりとしたブリーフを着用している男性が総じて不妊だという事実は無く、過度な心配は不要です。

ノートパソコンは精巣(精子)に悪影響をもたらす?

日々の診療の中で「ノートパソコンを膝に置いて作業することで、精巣の周囲に熱が溜まり、造精機能に障害を与えるのではないでしょうか?」という質問も多くいただきます。

しかし、最近のノートパソコンは省電力であり、発熱は最小限に抑えられていますので、過度な心配は不要です。パソコンの熱による悪影響よりも、長時間同じ姿勢で作業を続けることで下半身の血行不良が生じることの方が心配です。定期的な休憩を挟んだり、小まめに立ち上がったりして作業すれば、さほど神経質になる必要はないです。

奇形精子症と判断された方へ

奇形精子症と判断された方は、なるべく早い時点で、隠れ精子異常を検知できる精密検査を行い、科学的根拠に基づいた精子詳細情報を取得しましょう。その結果から、適正な男性不妊の治療指針・方向性が見えてきますので効率的です。

黒田IMRでは、治療開始前に、分子生物学的な高度な技術による高精度精子検査(精子精密検査)を実施し、「遺伝子異常が関与している精子異常のタイプなのか、そうではないのか」を正確に見極めた上で、無駄を省いた「効率的かつ適正な」妊活指導をしています。まずは自身の精子のタイプを正確に把握することが大切です。科学的根拠に基づいた精子詳細情報を取得できることにより、新しい道が開ける可能性があります。

Author information

黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

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