公開日:2022.04.08 
更新日:2023.09.15

奇形精子の割合を下げることはできる?
奇形精子症の原因や「隠れ精子異常」の危険性について解説

監修者 | 黒田 優佳子
男性不妊治療の専門である黒田IMRの院長

精子学の研究者であり医師である視点から、
不妊治療における誤解やリスクを解説

奇形精子の割合を下げることはできる?<br>奇形精子症の原因や「隠れ精子異常」の危険性について解説

精子学第一人者が教える精子異常の真実

精子の正常な形とは?

精子の形を想像してみてください。専門知識はなくとも ほとんどの方はオタマジャクシのような形を漠然と思い浮かべることでしょう。精子の形としては そのイメージで間違いありませんが、少し学術的に表現しますと、以下の写真のように 正常な形をした精子は、頭部の外周形状が楕円形で、尾部は真っ直ぐ長く伸びており、その間がスムーズに連結されています。

ここで皆さんに知っていてほしい重要な点は、上述したような見た目が正常な形をした精子でも「隠れ精子異常」といって「見えない部分に色々な異常がある精子」が多いという点です。そちらについては後述の「隠れ精子異常」の危険性の項目で詳しく解説しますので、ぜひ一読ください。

奇形精子とは?

上述したような正常な形をしていない精子を、一般的に「奇形精子」と言います。奇形精子の中には、明らかに頭部が変形していたり、中片部が未成熟で肥大していたり、また尾部が欠損しているような異常が目立つものもあれば、一見すると正常な精子に見える軽度なものもありますので、正しい知識に基づいた診断が重要になります。

一般的な顕微鏡で精子を見る検査では、以下の3箇所の形を観察します。

観察箇所 正常 異常
① 頭部 外周形状が楕円形 金平糖のような凸凹がある、細長い、大小不同
② 尾部 真っ直ぐ長い 欠損している、短い、ヘラ状に太い、コイル状
③ 中片部 頭部と尾部の連結間がスムーズ 肥大し、精子がエリマキトカゲのように見える

奇形精子の例

一見すると正常な精子に見える、軽度の奇形精子は、顕微鏡では以下のように見えます。

この写真だけを見ると、イメージ通りの精子の形をしていて、何ら問題がないように感じるでしょう。しかし、先ほどの正常な精子の写真と見比べますと、頭の形が不揃いで変形していることがわかります。また頭部と尾部を連結する中片部には、未成熟性に伴う肥大傾向が認められます。

一方で重度な奇形精子の場合は、以下のような見え方になります。

ここまで形態異常が明らかであれば、奇形精子の見極めは容易いでしょう。

そもそも精子の大半は奇形精子

ここまで正常な形の精子と奇形精子について解説してきましたが、実際のところ精子の大半は「奇形」です。

通常の顕微鏡で観察して見た目が正常な形をした精子の割合のことを、正常形態率と呼びます。WHO(世界保健機関)が定めている正常形態率は僅か4%です。正常形態率が4%未満、すなわち奇形精子の割合が96%以上の場合に「奇形精子症」と診断されます。健常な男性であっても、正常形態率は20%以下とされていますので、「いかに正常な形の精子が少ないのか」ということがお分かりいただけるでしょう。

奇形精子症の原因と治療手段の有無

通常の顕微鏡で観察した際に、軽度の奇形精子が多く見られる場合は、生活環境などの「後天性因子」による影響を否定できません。この場合は、生活環境の改善を図ることにより、多少なりとも効果が期待できる可能性があります。

一方、通常の顕微鏡で見て明らかに異常と分かるような、重度の奇形精子が多く見られる場合は、生まれつきの遺伝子異常による「先天性因子」が原因であることがほとんどです。この場合は先天異常になりますので、治療が難航します。

後天性因子による奇形精子症は治療できる可能性がある

少数派ではありますが、後天性因子により軽度の奇形精子ができる原因には以下のようなものがあり、原因を取り除くことにより多少の改善が期待できる可能性があります。

・精索静脈瘤や抗がん剤等の造精機能(精子形成)に影響を与える要因
・過度なストレス
・睡眠不足
・食生活の乱れ
・飲酒
・喫煙習慣
・長期禁欲

不妊でお悩みのご夫婦の中には、これらが慢性化しているという方もいらっしゃるのではないでしょうか。上記の原因に該当する方で基礎疾患がある場合には、必要に応じて その治療を試みましょう。

生活習慣の改善によって正常な形の精子を増やせる可能性がある場合には、十分な睡眠時間を確保してストレスを取り除く努力をしたり、可能な限り飲酒と喫煙を控え、バランスのとれた食事や適度な運動を生活に取り入れることも大切です。長期禁欲状態に陥っている場合はご夫婦で話し合ってみてください。

先天性因子による奇形精子症は治療できないケースも多い

不妊治療をしてもなかなか妊娠に至らないご夫婦は、男性側が先天性因子による奇形精子症である可能性も考慮してください。

この先天性因子による奇形精子症は、大きく以下の2つに分けられます。

1.受精段階における遺伝子の異常
2.初期発生段階におけるモザイクによる異常

なお最近の研究では、精子頭部の重篤な異常として「外周形状の異常」や「内部の空胞の残留」などが見られる場合、精子を形成する過程の最終段階で起こる「プロタミン架橋」の不備が強く疑われていますが、本記事では詳細な説明は省略させていただきます。

1.受精段階における遺伝子の異常

受精段階で遺伝子の異常が見られる場合は、左右の精巣の中にある計22~26本全ての「精細管(せいさいかん)」という細い管が機能不全になり、精子形成が停止し、異常精子が産生される状態に陥っています。このケースは治療のすべがなく、結論としてご本人の精子を用いた不妊治療は、残念ながら不可能です。

2.初期発生段階におけるモザイクによる異常

奇形精子の原因が初期発生段階におけるモザイクによる異常の場合、1~2本でも正常な精細管があれば、そこで正常な形の精子が産生されます。正常な形の精子の産生量は少ないですが、高精度な精子選別技術によって正常な精子を分離させ、奇形精子を排除するという、精子側の特殊技術を用いて不妊治療を行うことが可能になります。しかし、これらの技術を持っている専門施設は極めて少ない現状です。

ただし、このケースの背景には遺伝子の異常が関与していますので、薬などによる改善も見込めないため、治療が難航することも多いです。

「隠れ精子異常」の危険性

ここで一つお伝えしなければならないのは、「正常な形の精子=良好精子ではない」ということです。見た目は正常で「奇形精子ではない」と認識できる精子の中に、普通の顕微鏡では見えないような、さまざまな精子異常が隠れて存在しているケースがあるのです。これを「隠れ精子異常」と呼んでいます。

隠れ精子異常の背景には、「新生突然変異」という遺伝子異常が関与しています。新生突然変異は、精巣で精子が作られる過程で起こり、子どものDNAに書き込まれるはずのあらゆる遺伝子に、一定の確率で突然変異を引き起こします。遺伝子の突然変異は、精子1匹毎で現れる箇所が異なるため、大変複雑です。このことが、男性不妊の治療を難しくさせている要因の1つなのですが、一般的な不妊治療の現場では重視されていない点に大きな問題があります。

隠れ精子異常に気が付かないまま顕微授精を繰り返すと、いくら治療を反復しても結果につながらず、夫婦の時間・労力・費用といった負担ばかりが増大します。不妊治療において妊娠できる可能性「妊孕性(にんようせい)」を論じる時に、一般的には精子の正常形態率の他に、精子数や運動率ばかりが取り上げられますが、見た目が良好な運動精子の中にも隠れた異常を持った精子は混在しますので、「真の良好精子」すなわち「隠れ異常のない精子」であるか否かを見極めることが必要不可欠なのです。

「隠れ精子異常」の詳細については、「顕微授精のリスクとは?」のページもご参照ください。

▼顕微授精のリスクとは?│事例や子供への影響について

奇形精子の割合は下げられるの?

不妊でお悩みのご夫婦なら、奇形精子の割合を下げ、正常な形の精子を少しでも増やしたいという思いの方は多いでしょう。妊娠を希望しているのに「精子の状態が悪い」と言われたご夫婦が、「これを飲めば正常な形の精子が増える」という情報に心を動かされる気持ちはよくわかります。

先述の通り、後天性因子による奇形精子症の場合は、生活習慣の改善によって奇形精子の割合を下げられる可能性があります。一方で、先天性因子による奇形精子症は理論上改善できず、残念ながら不妊治療の現場では こちらのケースに該当するご夫婦が大半です。そのため奇形精子の割合はほとんどの場合、下げるのが難しいという現状です。

インターネット上にある情報は、「できること」を強調しがちです。まずは「できないこと」もたくさんあるということを知ってください。

精子に良いとされているサプリメントの真実

これまで当院にお越しいただいたご夫婦の多くは、「医薬品は専門家に管理してもらわないと危険なイメージ」「サプリメントは自然のものだから自分で管理できて安心」と、薬よりもサプリメントの効果を信頼している方がほとんどでした。

確かに、医薬品は「病気の診断、治療、予防に使用することを目的とした薬品」と薬機法で定められており、必ず副作用のリスクがあります。よく効く薬ほど副作用も強く、使い方を間違えると大変危険です。正しい効果を得るためには専門家が管理し、適切な処方をする必要があります。

一方、サプリメントは薬機法上、身体への作用があってはならず、あくまでも「食品」という定義です。つまり直訳通り、栄養素を「補充」してくれるだけのものであり、食事の補助として適量を摂取していれば問題が起きることはそう多くありませんが、摂取することで直接的に精子を増やしたり、奇形精子の割合を下げたりする効果は期待できないでしょう。

ここで、世の中でよく「精子に良い」とされている成分の体への作用と、正しい摂り方について、深掘りします。

なおこの見解は、遺伝子に問題があることが精子異常を誘導している場合は、対象外になります。

ビタミンC・ビタミンE

活性酸素は体に酸化ストレスを与えます。酸化ストレス対策のために、ビタミンCやビタミンEといった、抗酸化物質を含んだサプリメントを飲んでいるという方も多いのではないでしょうか。

実際問題、抗酸化物質を摂取すること自体は体にとって良いことなのですが、日常生活を送る中で発生するレベルの活性酸素や酸化ストレスは、通常であれば精子の異常に直結するような心配はないといえます。

ビタミンC・ビタミンEなどは、サプリメントで摂取するよりも、食事から摂取する方が効果的です。バランスの良い食事を心がけ、パプリカ、ほうれん草、ブロッコリーなどの緑黄色野菜や、お茶、大豆などを積極的に取り入れるようにしてください。

亜鉛

亜鉛は鉄の次に体内に多い必須微量元素で、細胞の増殖に不可欠な成分です。前立腺液の中の亜鉛濃度は、血清(血液が凝固した時に上澄みにできる淡黄色の液体成分)の300倍以上と豊富で、精巣では精子の形成が盛んに行われていることが分かります。そのため、「亜鉛を摂取すると細胞増殖しやすくなり、精子が増えるのではないか」という考えが一般化しています。実際に不妊治療施設で「精子が少ない」と言われ、亜鉛のサプリメントを摂取している方も多いです。

ただし亜鉛には、あまり知られていない注意点があります。亜鉛を過剰に摂取すると、銅の吸収阻害による銅欠乏(低銅血症)や貧血など、さまざまな健康被害を招いてしまうのです。そのため亜鉛のサプリメントは、短期的に飲むなら問題にはならないでしょうが、長期的に摂取し続けることはおすすめできません。

成人男性が1日に必要な亜鉛の量は10mgです。これは通常の食事をしていれば、十分摂取できる量であり、極端な欠乏や過剰を心配する必要はありません。偏食を避けバランスの良い食事を摂ることが、一番安全で簡単な亜鉛の摂取方法と言えます。

アルギニン

精子の量を増やすには、アルギニンが良いという話も聞きます。精子のDNAを構成するタンパク質「プロタミン」内のアルギニンの占める割合が高いという点から、「アルギニンを摂取すると精子が増える」といった発想になったのでしょうか。

実際には、アルギニンをたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません。アルギニンは非必須アミノ酸に分類され、体内で生成できる成分です。赤身の肉や鶏肉、乳製品、魚など幅広い食品に多く含まれるため、普通の食事を摂っていれば過剰や不足の状態になることもないと言えるでしょう。

コエンザイムQ10

コエンザイムQ10は、人の生命維持や活動に必要なエネルギーを作り出す「ミトコンドリア」の働きを助ける抗酸化物質です。活性酸素と水素から水を作るのを助けます。コエンザイムQ10には高い抗酸化作用があるため、「この成分でアンチエイジングや精子形成障害の改善ができる」と期待させるような説明をされるケースもあるようです。

しかしコエンザイムQ10は元々、体内で必要とされるエネルギーに合わせて生成・分解できる成分であり、減ってしまうのも「体にとって必要がなくなるから」という理由です。加齢により生命活動に必要なエネルギー量が減ることで、基礎代謝が落ち、コエンザイムQ10の必要量も減っていきます。

そのため「コエンザイムQ10は、積極的に補給する必要はない」というのが真実です。コエンザイムQ10をたくさん摂取すれば精子が増えるということは、まずありません。

精子に悪いとされている習慣の真実

最後に、「精子に悪い」とされている噂について解説します。近年インターネットで見かけた不確かな情報に左右され、根拠なく不安に思っていらっしゃる方も多いので、ここで正しい情報を確認しておきましょう。

ただし、遺伝子に問題があることが精子異常を誘導している場合、この見解は対象外になります。

運動には注意が必要ってホント?

活性酸素は、細胞のDNAや細胞膜、動脈の内膜等を傷付けることがあり、その結果老化やがん、心臓の病気につながる可能性が生じます。活性酸素が急増して過大な酸化ストレスがかからないようにするには、「運動をしすぎない方が良い」という話を聞いたことがある方もいるかもしれません。

しかし実際のところ私たちの体の細胞には、活性酸素で傷ついた細胞を修復したり排除したりする仕組みがあります。そのため適度な範囲内の運動量であれば、「日常生活を送る中で発生する活性酸素や酸化ストレスが、精子の異常に直結する」という心配は不要です。

ブリーフよりトランクスにすべき?

一般的に造精機能を維持するためには、精巣上体を含む精巣の周囲が、体温より低い温度であることが必須です。このことから「ぴったりとしたブリーフで精巣周辺の温度を高めることが良くない」という考え方が一部で定着しており、「精巣にはブリーフよりも通気性の高いトランクスの方が良い」という話が良く出てきます。

確かに熱を溜めないというイメージでは、ブリーフよりトランクスの方が良いように感じます。とはいえ、いつもぴったりとしたブリーフを着用している方が総じて不妊だという事実は無く、そのような研究結果も聞いたことがありません。過度な心配は不要といえるでしょう。

ノートパソコンは精巣に悪影響をもたらす?

日々の診療の中では「ノートパソコンを膝に置いて作業することで、精巣の周囲に熱が溜まり、造精機能に障害を与えるのではないか?」という質問も多いです。

最近のノートパソコンは省電力であり、発熱は最小限に抑えられています。パソコンの熱による悪影響よりも、長時間同じ姿勢で作業を続けることによる、下半身の血行不良が心配です。もしかしたら、血行不良が精巣に悪影響を及ぼすことを懸念して、「ノートパソコンが良くない」といった噂が飛び交っているのかもしれません。

下半身の血行不良は、長時間同じ体制にならないよう定期的な休憩を挟んだり、こまめに立ち上がったりを意識していれば、さほど神経質になる必要はないでしょう。

なぜ、顕微授精は危ないの?男性不妊に特化した当院ならでは治療方針

奇形精子症と判断された方へ

奇形精子症と判断された方はできる限り早く、精子の質を調べる精密検査を行いましょう。その結果を受けて、やっと、不妊治療の方向性が見えてきます。詳細は黒田メソッドのページの「高精度な精子機能検査(精子機能の精密検査)」の項目をご参照ください。

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監修者│黒田 優佳子

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監修者│黒田 優佳子

黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

出版
不妊治療の真実 世界が認める最新臨床精子学
誤解だらけの不妊治療

主な監修コラム
不妊治療について
日経woman

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