精子の役割は?妊娠や出生児にも影響する精子DNAの重要性について【専門医解説】

黒田優佳子 医師
この記事の執筆者 医師・医学博士 黒田 優佳子

慶應義塾大学医学部卒業後、同大学大学院にて医学博士号を取得。
その後、東京大学医科学研究所 生殖医療研究チームの研究員として、男性不妊に関する基礎・臨床研究に従事。
臨床精子学の第一人者としての専門性を活かし、男性不妊に特化したクリニック「黒田IMR(International Medical Reproduction)」を開院。
診察から精子検査・選別処理、技術提供に至るまで、すべてを一人の医師として担う体制を確立。専門性の高い診療を少数精鋭で提供しつつ、啓発・講演活動にも取り組んでいる。

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目次

粗製乱造「質より量」の精子発生メカニズムが、ヒト精子の質的バラツキを生み出している!

精子は「頭部」「尾部:しっぽ」、その両者を連結している「中片部:首にあたる部分」で構成され、「オタマジャクシ様の形」をしていますが、精子は造られる最初から そのような形をしている訳ではありません。精子になる元の細胞(精祖細胞:下図参照)は「円形」をしています。思春期を迎えると精祖細胞は精巣内で細胞分裂を開始して精子を造り始めますが、造られた精子の大半がオタマジャクシ様の形になるまで、74日を要します

日々の診療の中で、多くの皆さんは「精巣で造られた精子は すべてオタマジャクシ様の形をしていて、妊孕性を有した成熟精子として精巣に溜められている」と思われている印象を受けます。しかし、実は、そうではありません。精巣内精子の大半は、精子発生過程に造られてくる未成熟の状態にある多様な形をした精子ですので、成熟精子には至っていません精巣内未成熟精子は、精巣上体精巣の横にある臓器)に移動してから成熟を進めていきますつまり、およそ74日を要して造られたオタマジャクシ様の形をした成熟精子は、精巣上体に溜められているのです。

【重要ポイント】精巣で精子を造る機能(造精機能)が正常な男性は、毎回 数億匹もの精子を射精しますので、おそらく生涯で1兆匹以上になりますが、精子は卵子のように途中まで造っておいて備蓄するということはできません精祖細胞から その都度 精子を造り出さなくてはなりませんので、どうしても質より量になります。
また精子発生過程の第2減数分裂後にDNA修復機構を失うという特殊なプロセスを通るという宿命も手伝い、精子のDNAの傷は修復されず、DNA損傷精子として残存します(詳細は、黒田IMRホームページを参照ください)。
この粗製乱造の精子発生メカニズムが、ヒト精子の質的バラツキを生み出してしまうのです。つまり、成熟精子の質が すべて良好であるとは言えないということです。

精子発生の画像

精子の役割について

精子は、頭部と尾部と中片部で構成されているとお話しましたが、それぞれ重要な役割を持っています。

1.頭部の役割

精子頭部には、遺伝情報を担う「DNA鎖の束」受精する際に重要な機能を果たす「先体」が収納されていますので、頭部は極めて重要な役割を担っています。

① 遺伝情報DNA

出生児の健常性保証の半分は、精子の遺伝情報DNAが担っていますので、精子DNAの役割は極めて重要です。皆さんは「オタマジャクシ様の形をした精子は成熟精子で、頭部内に収納されているDNA鎖も傷のない健康な遺伝情報を伝達できる良好精子である」と思われることでしょう。しかし、実は、そうではありません。前述していますが、精子を造る「粗製乱造」の仕組みが、造精機能が正常な男性の精子においても質的バラツキを生み出してしまい、妊孕性が認められる精子の中にもDNAが傷ついている精子(DNA損傷精子)が混在してきます。最も怖い点は、このDNA損傷精子が卵子との受精に関わり、妊娠、出産に至った場合には、生まれてくる子どもに何かしらの異常が発症するリスクがある点です(詳細は、黒田IMRホームページを参照ください)。

だからこそ、妊活において事前に「精子DNAに どのような傷があるのか:DNA損傷の種類」また「DNA損傷が少ないのか、多いのか:DNA損傷の重篤性・程度」を把握しておくことが極めて重要になります。

② 先体

先体は、精子頭部の前半部を覆う袋状の小器官です。先体の中には卵子に侵入する際に必要な加水分解酵素が入っており、この酵素が卵子と接着するときに放出されることにより、精子が卵子に侵入できるようになります。つまり、先体の構造と機能が正常であることが、卵子と受精するためには必須になります。

精子DNA評価の重要性と同様に、妊活において事前に「先体の構造に異常がないのか、かつ先体の機能が正常に発現して卵子と受精できるのか」を把握しておくことが大切になります。

【当院の試み】黒田IMRでは、治療を開始する前に、精子DNA損傷や先体の正常性の検査のみならず、頭部・中片部・尾部の構造や機能に関する高精度な精子検査(精子の質的な精密検査:詳細は後述)を実施し、「精子側から安全な不妊治療は どうあるべきか」という、精子のタイプに合った安全指針を設計してから治療に展開しています。

2.中片部の役割

精子頭部と尾部をつなぐ中片部には、エネルギー(ATP、詳細説明は省略)を産出するミトコンドリアという小器官が存在し、主に精子運動との関連が指摘されています。また一方で、この中片部には胚分割に重要な役割を果たす「中心体と呼ばれる小器官も存在することから、卵子分割に関与する可能性も否定できません。これらの点を踏まえますと、精子の質的な精密検査に中片部の解析も欠かせません

3.尾部の役割

尾部は、単純に精子が泳ぐために必要な足となっています。注視すべき点は、ヒト精子の尾部の形成異常には個人差があることです。例えば、尾部が欠損していたり、コイル状を呈していたり、形成が途中で止まっている尾部形成異常精子も多く認められます

精子「DNAの傷」は、妊娠率や出生児の健康にも影響する!

繰り返しになりますが、正常の造精機能を備える男性でも、造られた全ての精子が安全な命に繋がる(正常な遺伝情報を伝達できる)良好精子ではなく、その中には精子DNAが損傷されたDNA損傷精子が混在しています。

DNAがひどく傷ついた精子(重度DNA損傷精子)は受精しませんし、たとえ受精しても胚の発生は進みませんので、命の誕生(出生)にまで至りません。一方で、僅かなDNAの傷ならば、受精する機能に問題がなければ受精して胚の発生が進みます。運が良ければ、受精した後に卵子側のDNA修復機構が精子DNAの傷を修復してくれますが、その修復が未修復 もしくは 不完全に終わってしまった場合には、胚DNA損傷、染色体異常に繋がります。その結果、流産により淘汰される場合もありますが、一部はそのまま発育して出産に至り、出生児の健康に何かしらの異常を発症させるリスクが残ります(詳細は、黒田IMRホームページを参照ください)。

【重要ポイント】ここで着目すべき点は、精子DNA損傷の有無のみならず、精子の質の良し悪しは、妊娠率にも影響しますが、生まれてくる子供の健常性に影響を及ぼすリスクがある点です。ですから、精子側から安全な不妊治療をするためには、事前に高精度な精子検査を受けていただき、精子の品質管理をする(精子の質が良いのか悪いのかを把握する)ことは極めて重要になります。

まとめ

黒田IMRでは、精子の品質を正確に見極めることができる「高精度な精子検査:精子精密検査」、ならびに、安心して治療に用いることができる高品質な精子を選択的に分離できる「高度な精子選別技術」に特化しています。院長の長年の精子研究に基づいた開発技術を駆使した「安全な男性不妊治療」の提供に力を注いています。ご心配の方は、ご相談にいたしてください。

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黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

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