公開日:2023.08.24 
更新日:2024.01.30

精子と精液の違いは? 新しい高精度な精子検査と現行の精液検査の違いについても解説

監修者 | 黒田 優佳子
男性不妊治療の専門である黒田IMRの院長

精子学の研究者であり医師である視点から、
不妊治療における誤解やリスクを解説

精子と精液の違いは? 新しい高精度な精子検査と現行の精液検査の違いについても解説

「精子」と「精液」の違いは?

精子は、どのようにして造られるのでしょうか?

ヒトの精子は、頭部と尾部(しっぽ)とその両者を連結している中片部(首にあたる部分)の3つの部位で構成され、「オタマジャクシの形」をしています。

ヒトの精子は、頭部と尾部(しっぽ)とその両者を連結している中片部(首にあたる部分)の3つの部位で構成され、「オタマジャクシの形」をしています

精子は、最初からオタマジャクシの形をしているわけではありません。精子の元の細胞は、「精祖細胞」といわれ、通常の細胞と同じ「丸い形」をしています(下図参照)。精祖細胞は、思春期を迎えると精巣内で細胞分裂を開始し、精子を造り始めます。この段階では(精巣内では)、精子は未成熟の状態にあります。精子の成熟は、精巣から精巣上体(精巣の横にある臓器)に移動してから進められます。そして、オタマジャクシの形の精子になるまで、およそ74日を要します。成熟を完了した精子は、成熟を進めている段階の未成熟な精子とともに精巣上体で射精を待ちます。

日々の診療をする中で、精子が精巣で造られることから、精巣の中に蓄えられていると誤解している方が多いような印象を受けますが、前述したように「精子」は精巣上体の中に蓄えられています。また、精子は卵子のように途中まで造っておいて備蓄するということはできませんので、その都度、精祖細胞から精子を造り続ける仕組みになっています。

精子は卵子のように途中まで造っておいて備蓄するということはできませんので、その都度、精祖細胞から精子を造り続ける仕組み

精子には、どのような役割があるのでしょうか?

精子は、頭部、尾部、中片部の3つの部位で構成されているとお話しましたが、それぞれに重要な役割があります。

頭部には、遺伝情報を担う「DNA」と、受精する際に重要な機能を果たす「先体」が収納されています。精子DNAは、出生児の50%の遺伝情報を担います(残り50%の遺伝情報は卵子DNAが担います)。また先体(精子頭部の前半部を覆う袋状の小器官)は、加水分解酵素を持っており、卵子と接着する際に放出することにより、精子が卵子に侵入できるようになります。すなわち、頭部には「精子が卵子と受精して遺伝情報を伝える」という、極めて重要な役割があります。
一方で、尾部には、単純に精子が泳ぐために必要な足に相当する役割があります。

中片部には、精子を泳がすためのエネルギーを産出するミトコンドリアという小器官と、胚分割に重要な役割を果たす中心体という小器官が存在することから、精子運動と卵子分割との関連性が指摘されています。精子中片部の役割も重要です。

精液は、どのようにして造られるのでしょうか?

精巣上体で待機している精子を含む分泌物を、前立腺やその後ろにある精嚢腺の分泌液が押し出すことを「射精」と言い、前立腺と精嚢腺の分泌液と混ざり合って押し出されたものが、「精液」です。

患者様から「射精した時に、精液の量が少ないような気がします。大丈夫ですか」と質問を頂くことが多々あります。その点については、ご心配なさらないでください。実は、うまく射精できたか否かにより、前立腺と精嚢腺の分泌液の量は大きく変動しますので、その都度 精液量も変動するからです。精液量が多い少ないで、一喜一憂しないでください。

精液中には、どのような精子が含まれているのでしょうか?精液の実態は?
実は、精液中には妊孕性を有する精子はごく僅かなのです

多くの方は、「精液中の運動精子のほとんどは、卵子に侵入、受精できて、妊娠させられる力(精子妊孕性)を備えている」と思われていることでしょう。しかし実際のところは、精液の中には、①成熟を完了した精子、②未成熟な精子、③上手に造られなかった異常精子、さらには ④せっかく上手く造られた成熟精子でも、射精を待つ間に老化、変性してしまった劣化精子が混じっており、驚かれるかもしれませんが、妊孕性を備えている精子はごく僅かです。

少し難しい話になりますが、身体を構成している細胞(体細胞)では、DNA(遺伝情報)に傷がつくと直ぐに修復される『DNA修復機構』と言う仕組みが備えられています。分り易く説明しますと、DNA修復が うまくいけば細胞は生き残り、失敗すれば その細胞は死んでしまうという仕組みです。一方、精子は形成過程で細胞質の消失に伴い、体細胞が有する『DNA修復機構』を失うため、傷ついたDNAが修復されないまま、DNA損傷精子(正式には、DNA断片化陽性精子)として精液中に混在してきます。
また形成過程において、精子の品質を管理するために、細胞自体に組み込まれた、細胞死のプログラム『アポトーシス』が関与しています。分かり易く言えば、うまく造られなかった精子のDNAは切断されて処理されるという仕組みです。
これらの「精子DNA修復能の消失」と「アポトーシス」のメカニズムにより、実は、射精された精液中の精子の半数以上はDNAが損傷しています。

さらに、せっかくうまく造られた成熟精子であっても、精巣上体で射精を待つ間に、精子を包み込む細胞膜、先体、DNA等の損傷(老化・変性)が進行し、劣化します。その結果、精液中の精子の5-8割は、細胞膜、先体、DNA等が損傷した、妊孕性のない精子が占めています。言い換えれば、それらに異常がない、卵子に侵入、受精できて、妻を妊娠させられる、妊孕性を有する精子は、精液中には ほんの僅かしかいないということです。

現行の精液検査について

これまで、精子に関しては『元気に泳いでいれば問題なし』、すなわち『運動精子=良好精子』というイメージで語られ、主に「精子数」と「運動率」に着目した「精液を用いた検査」が多くの不妊治療施設で汎用されてきました。

何を調べているのでしょうか?

現行の精液検査は、スライドガラスに精液を1滴落とし、そこにカバーガラスを載せて通常の顕微鏡(位相差顕微鏡)で見るだけの手法です。大変に簡易で、どの施設でも何方でも直ぐに実施できることもあり、精子検査の第一歩として汎用されてきました。

WHOの診断基準に基づき、精液中の精子濃度(1ml中の精子数)、運動率(運動している精子の割合)、大まかな頭部形態等を主要な指標として楕円頭部の精子が「たくさん造られているのか」「元気に泳いでいるのか」を観察し、「精子数と運動率が高い精液は妊孕性が高い」と診断し、卵子に侵入、受精できて、妻を妊娠させられる力(精子妊孕性)の良し悪しを判定しています。

言い換えれば、現行の検査における精子の異常は、主に「精子数の減少」や「運動率の低下」を指します。位相差顕微鏡で観察し、見た目だけで、精子の「数が少ない:乏精子症」や「動きが悪い:精子無力症」場合には「男性不妊」であると診断して、「即 顕微授精」による治療に展開するという流れが一般的になっています。

問題点は?

しかし、現行の精液検査には、以下のような幾つもの問題が残されています。
射精がうまくできたか否かにより、前立腺と精嚢腺の分泌液の量が大きく変動しますので、分かり易く言えば、射精時の分泌液量が多ければ、精子濃度は低くなり、分泌液量が少なければ精子濃度は高くなるということです。ですから、現行の検査では、精子妊孕性の指標として精子濃度が重視されていますが、実は、精子濃度は妊孕性を測る良い指標ではないということです。

通常の顕微鏡(位相差顕微鏡)で観察していますが、実際のところは下図のように「小さすぎて詳細は見えない」程度なのです。

現行の精液検査の実際:詳細は観察できない

現行の精液検査の実際:詳細は観察できない

前述したように、精液中の精子の5-8割は、細胞膜、先体、DNA等に損傷をもつ、妊孕性のない精子ですが、現行の位相差顕微鏡で観察する方法では、これらの異常を検知することができません。我々精子研究チームは、この検知できない、精子の中に潜んでいる、多様な異常をもつ妊孕性のない精子を『隠れ精子異常』と呼んでいますが、要するに精液中には隠れ異常精子がたくさん含まれているということです。つまり、「精液」を用いて調べる現行の検査法は、あくまでも「精巣が どのくらい精子を造ったのか」を調べるものに過ぎないのです。

『隠れ異常精子』の写真をご覧いただきましょう

下図1~4は、明らかに妊孕性がない、細胞膜、先体、DNA等が損傷した、隠れ異常精子の写真です。一見、オタマジャクシ型の成熟した運動良好精子の中にも、頭部細胞膜(図1)、先体(図2)、DNA(図3)が重度に損傷され、多数の頭部空胞(図4)が認められる、隠れ異常精子もたくさん含まれています。

図1 重度に頭部細胞膜が損傷している精子は、赤色に染色されます。
図2 重度に先体が損傷している精子は、赤色に染色されます。
図3 重度にDNAが損傷している精子DNA鎖は、末期状態の粒子状断片を呈しています。
図4 精子頭部に多数の空胞が認められます。空胞は染色されません。

図1頭部細胞膜損傷精子(赤色に染色される)

図1頭部細胞膜損傷精子(赤色に染色される)

図2先体損傷精子(赤色に染色される)

図2先体損傷精子(赤色に染色される)

図3重度DNA損傷精子(粒子状断片を呈する)

図3重度DNA損傷精子(粒子状断片を呈する)

図4頭部空胞精子(空胞は染色されない)

図4頭部空胞精子(空胞は染色されない)

精液検査の問題点を解決できる『隠れ精子異常を検知できる高精度な精子検査法』を開発

生殖補助医療を行う上で最も知りたいのは、健常な命の誕生に寄与「できる」、妊孕性の「ある」、隠れ異常の「ない」精子が、「精液に何%含まれているのか」を正確に把握することです。しかし、細胞膜、先体、DNA等の隠れ精子異常(精子の質の異常)を評価することはできない現行の精液検査は、生殖補助医療の安全性を見極める検査としては、不十分なものです。

そこで、我々精子研究チームは、普通の顕微鏡(位相差顕微鏡)で検知できない、多様な『隠れ精子異常』を詳細に調べることができる『新しい高精度な精子検査法』を開発し、現行のWHO基準(精子濃度、運動率、頭部形態等)が正常であると診断された、運動が良好な精子の中にも多様な隠れ異常精子が含まれていることを明らかにしました(前述)。

高精度精子検査法により、隠れ精子異常の種類と程度(多様な隠れ精子異常率)を検知できるようになりましたので、精子側からの治療の見通し、すなわち治療の有効性と安全性(逆に言えば危険性)を把握することが可能になりました。

私は、長年にわたり「運動精子だからといって、良好精子であると信用することはできません」と繰り返し申し上げてきましたが、日本産科婦人科学会の見解におきましても、「一般精液検査は精液や精子の量的性状を示しているだけであり、必ずしも精子の質的性状(受精能力)を直接反映するものではないことに留意する」と申し述べられています。

「多様な隠れ精子の異常率を検知」して精子側から「不妊治療の有効性と安全性を見極める」ことを可能にした、高精度精子検査について解説

生殖補助医療を行う上で最も問題になる点は、いくら楕円頭部の運動が良好な精子でも、細胞膜、先体、DNA等に損傷が認められる隠れ異常精子は、健常な命の誕生に寄与できる可能性は極めて低いということです。言い換えれば、隠れ異常精子を「精液中から如何に排除できるか」が、生殖補助医療の成功率向上のkey pointということです。だからこそ、生殖補助医療を行う上で、健常な命の誕生に寄与「できる」、妊孕性の「ある」、隠れ異常の「ない」精子が、「精液に何%含まれているのか」を高精度に調べられる精子検査こそに意義があるということです。

『実効精子』という言葉を知っていますか?徹底解説します

我々精子研究チームで開発した、『多様な隠れ精子異常を詳細に調べられる精密検査』をご紹介する前に、「精子妊孕性」を正確に評価するための新しい指標として『実効精子』という言葉を創りましたので、詳しく解説します。

我々は、研究を進める過程で、精子は劣化(老化・変性)に伴い、細胞密度が重くなることを明らかにし、その性質に着目し、細胞分離用の液体を用いて、明らかに妊孕性のない、細胞膜、先体、DNA等が損傷した隠れ異常精子を沈殿させて取り除く『高度精子選別技術』を確立しました。

沈澱した妊孕性のない精子を排除した後に、分離用チューブの中間層に集まった精子の数と運動率を基礎値とする方が、精子妊孕性の実態をより正確に反映しますので、我々は、中間層を『実効精子』と名付けました。

実効精子

新しい高精度な精子検査法とは?

我々精子研究チームは、実効精子の中から、さらに高度な精子側技術により選別した運動精子を用いて隠れ精子異常の有無を詳細に調べ、精子の品質を正確に見極めることができる『分子生物学的手法による高精度精子検査法』を開発しました。

言い換えれば、本法により「健常な命の誕生に寄与する精子の割合」、言い換えれば「細胞膜、先体、DNA等が損傷した隠れ異常精子率」を正確に把握できるようになりましたので、精子側から
1. 治療に伴うリスクを把握する
2. 夫婦に最適な個別化治療戦略を具体化する → 治療を適正化させる
3. 治療の見通し(妊娠の可能性)をある程度予測する → 治療を効率化させる
ことが可能になりました。

事前に科学的根拠に基づいた精子詳細情報を取得できることは、精子側から適正な治療法を選択できることに繋がり、治療の効率化もできますので、最終的に『安全性と有効性の高い個別化男性不妊治療』の提供を可能にします。すなわち、治療の回り道をしないで済みますので、時間・気力・体力・費用の節約に繋がります。

詳細は精子精密検査のコラムを参照ください。

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監修者│黒田 優佳子

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監修者│黒田 優佳子

黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

出版
不妊治療の真実 世界が認める最新臨床精子学
誤解だらけの不妊治療

主な監修コラム
不妊治療について
日経woman

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