30年以上の臨床精子学の研究と臨床から痛感させられたこと
臨床精子学を専攻してから30年以上、研究と臨床を重ねて参りました私、黒田が痛感させられたことがあります。一つは、不妊は一つの結果であり、「不妊症は一括りにはできない」ということです。具体的に申し上げると、不妊原因が男性、女性、夫婦両方にあるのか、治療歴は長いのか、これまでどのような治療を受けてきたのか、奥様の年齢は高いのか等、夫婦が抱える背景は多種多様であるからこそ、「不妊治療の方法もリスクも一律同じにはならない」ということです。言い換えれば、不妊病態のみならず夫婦の背景をも含めて詳細に解析し、その夫婦に最適な治療プランを作成する「オーダーメイド不妊治療」が不可欠であるということです。
もう一つが、生殖医療現場の効率化を図るために、医師と胚培養士(主に精子・卵子・胚等の取り扱い、顕微授精を行う職種)の分業化が進みましたが、臨床精子学の専門家が極めて少ないという背景もあり、結果として医師と胚培養士の双方で (1) 精子に関する知識と技術が出遅れていること、(2) この出遅れが顕微授精を普及させ、さらには (3) 顕微授精のリスクを招いている可能性があることです。
顕微授精は精子機能異常の方には不向きな治療法
そこで私は、最終的な臨床応用を見据えて開発してきた、高度化した精子関連技術を「どのように組み合わせたら夫婦の状況に最適なオーダーメイド治療を行えるか」、また「どのように治療に組み込んでいけば安全な生殖補助医療を実現できるのか」について回答を出すべく研究を重ねる過程で、治療の全工程を私一人で行う必要性を強く感じました。
全工程を一人で行うことは診療効率の観点から極めて非効率ですが、不妊病態の全体像の把握と共に基礎的知見と臨床経験を集積することが可能になり、その結果 極めて重要な結論を得ました。それは、「顕微授精は精子の状態が悪い方、言い換えれば 精子の質的異常(精子機能異常)の方には最も不向きの治療である」という結論です。なぜならば、顕微授精という技術は精子の量的不足(精子数が少ない)をカバーできますが、精子の質的低下(DNA損傷を含む精子機能の異常)を補償することはできないからです。
黒田が治療の全工程を一人で行うことで
研究者の目線で基礎的な知見を把握
医師の目線で不妊病態の全体像を把握
その両者の視点から適材適所での技術提供を見極めが可能になることです。その結果、治療の適正化・効率化を図った真の個別化治療の提供を実現化でき、治療の安全性と有用性の向上が見込めます。