精子凍結保存のメリットとデメリット

黒田優佳子 医師
この記事の執筆者 医師・医学博士 黒田 優佳子

慶應義塾大学医学部卒業後、同大学大学院にて医学博士号を取得。
その後、東京大学医科学研究所 生殖医療研究チームの研究員として、男性不妊に関する基礎・臨床研究に従事。
臨床精子学の第一人者としての専門性を活かし、男性不妊に特化したクリニック「黒田IMR(International Medical Reproduction)」を開院。
診察から精子検査・選別処理、技術提供に至るまで、すべてを一人の医師として担う体制を確立。専門性の高い診療を少数精鋭で提供しつつ、啓発・講演活動にも取り組んでいる。

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精子の凍結について_精子の凍結保存のメリットデメリットの解説
目次

精子凍結保存とは?

精子凍結保存とは、主に「精子の備蓄」を目的として、マイナス196℃の液体窒素タンク内に保存することをいいます。『顕微授精のリスク』を踏まえますと、安全に命を誕生させるためには「極力 顕微授精を回避すべき」ということは言うまでもありません。そのためにも、一般精液検査で顕微授精の治療対象になってしまう「精子数が少ない」乏精子症の男性にとっては、精子を凍結して保存する技術は「精子の貯金」になり、ある程度の精子数を備蓄することで体外受精に切り替えることが可能になりますので、大切な技術になります。

この記事では、その意義や目的、精子凍結保存のメリットとデメリット・問題点・リスク等を解りやすく解説します。精子凍結保存をご検討しておられる方は、是非参考にしてください。

凍結精子を治療に使えば妊娠できるわけではありません!

「凍結した精子を治療に使えば妊娠できて当たり前」と思われる方も少なくないのではないでしょうか。実は、そうではありません。また、どんな精子でも凍結保存できるわけではありません。

精子の品質を低下させることなく、質を保持した状態で凍結、解凍することができる一連の精子側の技術は、熟練を要する高度な技術になります。また、この高度な技術で凍結融解しても、高い割合で運動性を失ってしまう細胞膜が脆弱な精子も存在します。このケースは凍結には向きません(適応外です)。

つまり、凍結保存に「向いている」精子と「向いていない」精子があり、個体差が大きいため、「凍結精子を治療に使えば妊娠できる!」といった簡単な話ではありません。 ですから、精子備蓄に向けて重要なポイントは、事前に凍結保存に向いている強靭な細胞膜をもつ精子なのか否か」を見極めるための『精子耐凍能力検査』を実施することです。

凍結保存に「向いている」精子の場合のメリット

精子耐凍能力検査の結果、精子耐凍能力が高く、凍結備蓄が可能なケースとなれば、

「全体の何%の精子が凍結に絶えられるのか」

「一回の治療(受精)に向けて、何回 採精して準備する必要があるのか」

について事前に目安をつけることが可能になり、治療の方向性を具体化させられる点にメリットがあります。

凍結保存に「向いていない」精子の場合の対策・注意点

逆に、精子耐凍能力検査の結果、精子耐凍能力が低く、細胞膜が脆弱な精子の比率が高いケースでは、高度な凍結融解技術を用いても大半が死滅してしまいます。

しかし、このような凍結に向いていない精子の場合でも、

『高度な精子選別技術』を備えていれば、積極的に「死滅精子」を排除して

僅かでも残った「強靭な細胞膜をもった高品質な精子=高い妊孕性を期待できる精子」の選別に繋げられます。

ここまで一連の精子側の技術努力が進めば、受精に必要な精子数を極力低減化できる高度化した体外受精『人工卵管法』への展開が可能になり、顕微授精を回避でき、治療の安全性を向上させられます。ここに『精子凍結保存の本来の意義』があります。

凍結保存「不可能な」精子の場合の対策・注意点

繰り返しになりますが、どんな精子でも凍結保存できるわけではありません。治療現場では、精子耐凍能力が極めて低く、凍結備蓄が不可能なケースもあります。この場合には、採卵日当日の精子で顕微授精せざるを得ないことになります。

その際には、顕微授精の安全性と有効性に直結する「穿刺する精子の品質管理」が極めて重要になりますので、『高度な精子選別技術』があること、また『選別した精子が高品質であることを確認できる技術』があることが大前提になります。

しかし正直なところ、精子を損傷させない高度な凍結融解技術には大きな施設格差があります。また精子耐凍能力について高精度に検査できる技術や、高品質精子を選別できる技術、高品質であることを確認できる技術など、一連の精子側の技術を持ち備えている医療機関は極めて少ないのが現状です。

精子凍結保存のメリット

1.不妊治療の一環として利用

不妊治療中に、夫が海外駐在などで、卵子のベストなタイミング(排卵の時期)に帰国できる保証がない場合には、精子凍結保存は必須になります。また夫の急な出張や体調不良など、色々な状況を想定して予め精子を保存しておくことも重要です。そのような夫が不在な場合でも、精子を凍結保存しておくことにより、妻の排卵期に不妊治療を実施(同調)できるメリットがあります。

さらに不妊治療の現場では、精子の数が少なく、一回の射精では受精に必要な精子数が得られないケースもあります。また治療の当日、上手に採精できないこともあります。このような場合にも、事前に精子を凍結保存しておくことにより充分な精子数を確保できるメリットがあります。

2.未婚男性も含めて悪性腫瘍「がん」が見つかり、手術や放射線・化学療法をする場合に、それらの影響が及ぶ前(治療開始前)に健康な精子を保存するために利用

悪性腫瘍「がん」の治療において、手術や放射線・化学療法は癌細胞を殺すことが目的ですが、同時に精巣における精子形成機能(造精機能)を強く傷害する可能性があります。そのため、必要に応じて治療を開始する前に精子を凍結保存するという手段が取られます。
とくに未婚男性の場合は、治療前の精子凍結保存は、治療後のquality of lifeの観点からも極めて重要です。

3.その他

逆行性射精、精路閉塞(とくに人工精液瘤設置例)、脊髄損傷による射精障害などの精液採取困難例に対しましても、各々の症例に適した方法で精液を採取することにより、精子の凍結保存が可能になります。

精子凍結保存のデメリット・問題点・リスク

【不妊治療】精子凍結のリスクや問題点

人間の一般的な細胞は、「細胞膜」という袋の中にある「細胞質」という溶液に色々な器官が浮いているイメージで構成されています。一方で、精子という細胞は極めて特殊な構造をしており、全体の大半を頭部が占めており、その頭部の中には DNAがぎっしり詰まっている核が収納されており、細胞質(溶液)は殆ど含まれていません。

この精子の構造は、マイナス196℃の液体窒素内の保存環境に向いていますが、精子の「細胞膜の強さ」には個人差が大きいため、その方の精子のタイプに見合った最適な凍結融解を可能にする技術を提供しなくては精子の妊孕能(精子の品質)は低下しますので、凍結保存の意義は失われます。

しかし、前述していますように、事前に凍結に向いている精子が否か「精子耐凍能力」をについて正確に調べることができる技術や、凍結融解の過程で精子を損傷させない高度な技術、それでも損傷してしまった精子を排除して「高品質な精子を選別できる」技術、「高品質であることを確認できる」技術など、一連の精子側の技術が標準化していません。あまり表面化していませんが、医療機関における技術格差があることが問題点であり、ここに精子凍結保存の難しさ、デメリットがあります。

その他、以下のような問題点・リスクがあることを認識した上で、精子凍結保存のメリットを生かして有効活用することが望まれます。

1.未婚者が精子凍結保存を希望した場合

未婚者の場合には、現時点では結婚して妊活をする予定がなく、今のうちに(若いうちに)自身の精子を凍結して保存しておき、将来的に必要に応じて不妊治療に用いることを目的としているケースが多い傾向にあります。

しかし現実問題として、積極的に結婚相手を探すよう努力しなくてはならず、また結婚したパ-トナ-から不妊治療の同意を得られるのか等、色々な側面からの負担を考えると難しい問題もあります。

結果として未婚者の精子凍結の場合は、大半が凍結中止となることから、「精子凍結保存は既婚者に限る」という意見もあり、課題が残されています。

2.未成年者が精子凍結保存を希望した場合

未成年の場合、個人の権利を考えると「精子凍結保存の契約」は避けられないのが現状ですが、大半のケースが両親の意向で行われています。当然のことですが、将来的に成人した後に、本人の意思を明確化した再契約の必要性が生じます。

3.高齢者が精子凍結保存を希望した場合

60歳以上の高齢者の場合には、精子凍結保存する意義・必要性を一層明確化しなくてはなりません。多くは本人の強い希望で凍結保存をすることになりますが、結果として凍結中止になるケースが殆どです。

4.契約者死後の精子の取り扱いの問題

死後精子を用いた不妊治療で子供が誕生したことによりトラブルが生じる可能性もあり、そのリスクを回避するためにも「死後精子の不妊治療への使用は禁止すべき」であり、契約に「精子凍結保存は本人の生存中に限る」という条項がありますが、現状では法制化されるには至っていません。

当院としての試み

黒田IMRが実施する高精度精子検査(精子精密検査)は多項目にわたりますが、その中に『精子耐凍能力検査』という検査があります。冒頭でもお話していますが、これは「選別した高品質精子が凍結して解凍した後に、どの程度 生き返るか」、つまり「細胞膜が強い精子で、凍結保存に向いているタイプなのか否か」という、「凍結保存に耐える力」を精密に調べるための検査です。

マイナス196℃の液体窒素内の環境に耐えうる、強い細胞膜に包まれた精子でなければ、凍結保存しても融解後に死滅精子となり、保存する意義が失われてしまいますが、逆に言えば、凍結融解することにより、凍結保存に耐えられない細胞膜が弱い精子は排除されることになります。

黒田IMRでは、『丁寧な精子凍結融解技術』『高度な精子選別技術』と組み合わせることにより、例え僅かでも、高品質精子を ひたすら備蓄することを可能にしています。結果として、受精に用いる精子数を節約できる高効率媒精体外受精法(人工卵管法)に展開できますので、顕微授精のリスクを回避することに繋がり、『安全な男性不妊治療』をご提供できます。

また私のもとでは、採卵当日に緊張の余り上手に射出できず、精子数が極端に少なくなることも視野に入れて、どのような事態になっても最適な状況で治療を進めることができますよう、全ての男性に治療開始前に凍結精子によるback upをしております。

まとめ

◉ どんな精子でも凍結保存できるわけではありません。凍結に向いている精子と向いていない精子がありますので、闇雲に精子凍結しても意味がありません。事前に「凍結保存に向いている強靭な細胞膜の精子なのか」「向いていない脆弱な細胞膜の精子なのか」を見極めるための『精子耐凍能力検査』を実施することが必須です。

◉ 細胞膜を損傷させない高度な『精子凍結融解技術』が必須です。

◉ 細胞膜損傷精子のみならず、凍結融解の過程で死滅した劣化精子を排除して、『高品質な精子を選別できる技術』が必須です。

『高品質であることを確認できる技術』が必須です。

◉ 以上の一連の精子側の高度な技術を有していることが大前提の上で、精子凍結融解の技術意義があります。

◉ 凍結精子を治療に使えば妊娠できるわけではありません。

凍結精子に関するよくある質問

精子凍結をすると、精子の質は下がりますか?

精子凍結・融解の過程で、精子の質は低下する可能性があります。凍結保存には、細胞膜が強く「凍結に向いている精子」と、そうでない精子が存在するためです。すべての精子が凍結に耐えられるわけではありません。黒田IMRでは事前に『精子耐凍能力検査』を行い、凍結に向いている精子かどうかを判断した上で、一人ひとりに合った最適な精子凍結をご提案します。

また精子凍結融解の技術精度が低いと、運動率が低下するだけではなく、精子の質、妊孕性が極端に下がりますので、注意が必要です。

凍結精子を使う場合、体外受精と顕微授精のどちらを選べばいいですか?

凍結・融解後に『質』の高い精子の数が「多い」ならば体外受精で、「少ない」ならば顕微授精を選択します。黒田IMRでは事前に『精子耐凍能力検査』を行い、融解後に精子の質が低下するタイプなのか、そうではないのかを鑑別しています。

また顕微授精は質の悪い精子でも受精させてしまい、出生児にも影響を及ぼすリスクがありますので、凍結精子を治療に用いる場合においても、質の高い精子を選別(質の悪い精子を排除)できる技術と高効率媒精体外受精法(人工卵管法)の併用により、なるべく顕微授精を回避して、治療の安全性を高めることが重要です。

▼紹介サイト

「若い精子」なら大丈夫?精子凍結に広がる大誤解 若い男性ににわかに人気化しているが… | 健康 | 東洋経済オンライン

「若い精子」なら大丈夫?精子凍結に広がる大誤解 – ライブドアニュース

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黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

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