2016年2月、独身時代に自分の卵子(未受精卵)を凍結保存しておいた看護師が、その後 凍結卵子を使って妊娠、出産したことが話題になりました。卵子凍結保存を行う医療機関も次第に増える傾向になり、結果として、独身女性の卵子凍結の需要が高まってきています。しかし、卵子の凍結保存には、数々の問題・課題が残されており、専門家の間でも意見が分かれています。今回のコラムでは、私の正直な意見をまとめてみました。
精子凍結保存の意義と同様に、手術、放射線や抗癌剤などによる治療で妊孕性を失う可能性がある場合には、卵子の凍結を余儀なくされることがあり、この場合を「医学的卵子凍結」といいます。一方で、自己の都合により卵子を凍結する場合を「社会的卵子凍結」といいますが、多くは このケースです。
目次
卵子凍結保存の問題点5つ
1 卵子凍結保存の1つ目の問題は・・・
細胞を凍結する際に、凍結保護剤と呼ばれるものを細胞に浸透させて細胞が破壊されないようにしますが、ヒト卵子は直径 約 0.1 mmあり、細胞の中では最大で体積が大きいので、凍結に際して細胞の品質を保持することが難しい点です。具体的に言うと、凍結することにより、卵子にある表層顆粒と呼ばれる特殊な小器官が壊れやすくなります。この表層顆粒は、受精に際して精子が1匹だけ卵子に侵入すると、2匹目の精子が入ることができないようにする重要な役割を果たしています。ですから、凍結した卵子を融解して精子と受精させる際には、表層顆粒が破壊されているので、顕微授精により人工的に授精させる技術が必須となります。
2 卵子凍結保存の2つ目の問題は・・・
卵子の採取数と採取に必要な期間(時間)にあります。医療費もかかりますが、精神的・肉体的・時間的な負担が大きい割には、世間一般でいわれている程、凍結卵子を用いた治療成功率が高くないという問題です。確率論でいうとヒトの場合、患者さんの年齢を始め、背景によっても成功率は違いますが、凍結した卵子で妊娠して出産する確率は1%あるかないかです。言い換えれば、100回体外受精を行って1回妊娠するという確率の低さです。つまり、妊娠できるのが1個目の卵子なのか、100個目の卵子なのかわからないという問題があります。そのため、妊娠の可能性を上げるためには、沢山の卵子を凍結保存する必要が生じます。しかし、ヒトが一度に排卵する卵子の数は通常1個のため、排卵誘発剤などの卵巣を刺激するホルモン剤を注射して卵巣の中で沢山の卵子を育てることが必要になりますが、母体の安全を優先すると最大で10個程度に留めなくてはなりません。また毎月採取することはできませんので、100個の卵子を得るためには数年かかる可能性があります。さらに採卵に伴うリスクもあります。
3 卵子凍結保存の3つ目の問題は・・・
実は非常に重要な問題ですが、なかなか話題として取り上げられることがない問題です。それは、独身女性が卵子凍結保存する際には、その時点では将来の夫になる男性が決まっていないケースが多いという点です。実は不妊原因の約半数は男性が占め、しかもその90%に精子に問題がある場合(精子異常)ですので、将来結婚した男性が不妊である可能性も否定できません。この場合、妊娠する確率はさらに低下することを忘れてはいけません。また結婚相手の男性の「子供を持つことに対する意思」の問題もあります。「子供を持ちたい・子供を持つ」ということは、夫婦2人の気持ち、意思決定を共有することが極めて大切になります。
4 卵子凍結保存の4つ目の問題は・・・
「卵子を取っておけば大丈夫」と誤解させてしまい、「高齢出産を助長する」可能性を否定できません。高齢化に伴って成功率も一層低くなりますが、治療に伴うリスクも極めて高くなります。
5 卵子凍結保存の5つ目の問題は・・・
現状では卵子の凍結について医学的に卵子の品質を確保できる状態での凍結が可能なのか、凍結した卵子で生まれた子どもへの悪影響はないのかなど、その安全性に関してもまだ不明な点が多いです。つまり、まだ凍結未受精卵についての安全性が確立されていない現況にありますので、健常な命に繋がる保証はどこにもないのです。
まとめ
卵子凍結保存の技術は「将来、凍結卵子を用いて子供を授かりたい」という女性の気持ちに沿って登場しましたが、上述しましたような数々の問題点・課題を残している点を踏まえ、慎重にご検討いただきたいと思います。
人生の選択肢を増やすために卵子凍結を計画する過程において、そこには乗り越えなくてはならない多くのハードルがあることを忘れず、果たして良い結果に繋がっている女性が「どれ位いるのか?」についても考えてみてください。
実際のところ、若い時に卵子を凍結保存したけれども、その後パートナーが見つからず、結婚して子供を持つことが現実化しないという女性が多いのも事実です。このような場合、出産・子育てに対する焦りを感じるようになり、結果として精子提供を検討する方向に進むケースが多いのです。
いろいろな側面から、卵子凍結保存の意義について考えてみてください。
卵子凍結保存の課題と医学的リスクに関するFAQ
- 将来のために卵子凍結を考えています。凍結した卵子を使う場合、必ず顕微授精になるというのは本当ですか?
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はい、融解した凍結卵子には「顕微授精」が必須となります。卵子の直径は約 0.1 mmあり、体積が大きく、また水分含有量も多い細胞のため、凍結・融解のダメージを受けやすい特徴があります。とくに凍結する過程で、卵子の中にある「表層顆粒」という小器官が破壊されやすくなります。この器官は、受精時に複数の精子が卵子に入り込むのを防ぐ重要なバリアです。凍結によってこのバリア機能が失われるため、通常の体外受精(ふりかけ法)はできず、人間の手で精子を1匹だけ注入する顕微授精を行わざるを得ないという技術的な制約が生じます。
- 若いうちに健康な卵子を凍結保存しておけば、将来の不妊リスクは完全に回避できますか?
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完全に回避できるわけではありません。ここで多くの方が見落としている最大の盲点は、「卵子を凍結する時点では、将来の夫(パートナー)の精子の状態が分からない」という点です。 妊娠は「卵子×精子」の掛け算の結果です。いくら若くて質の高い卵子を保存していても、将来結婚するパートナーの男性に重度の「精子異常」、例えば、先天的な精子DNA損傷等があった場合、融解した卵子と受精させても妊娠・出産に至る確率は大幅に低下します。「卵子さえ確保しておけば将来は安泰」というわけではなく、最終的には男性側の妊孕性(妊娠させる精子の実力)にも大きく左右されることを忘れてはいけません。
- 卵子凍結が「高齢出産を助長する」と言われるのはなぜですか? 医学的な懸念点はありますか?
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「卵子を保存しているから大丈夫」という安心感が、結果的に妊娠のタイミングを遅らせてしまうリスクがあるためです。 卵子の年齢が若く保たれていても、実際に赤ちゃんをお腹で育て、出産する「母体」は確実に加齢(高齢化)していきます。高齢での妊娠・出産は、妊娠高血圧症候群や難産をはじめ、母体へのリスクが極めて高くなります。さらに、凍結未受精卵から生まれた子どもの長期的な安全性(子どもの健常性保証)についても、医学的にはまだ不明な点が多く残されています。「卵子の保存=希望した時に妊娠できる=健常な命の誕生の保証ではない」という厳しい現実を、事前に正しく理解しておく必要があります。
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