年齢が妊娠や出産に与えるリスクについて
皆さんは、女性の年齢が上がれば上がるほど妊娠しにくくなり「妊娠率が下がる」こと、またせっかく妊娠できたとしても「流産率が上がる」ことはご存知かと思います。その最も大きな理由は、卵巣機能が下がり、卵巣で造られる卵子の品質が低下するからです。これを世間一般では「卵子の老化」と言っています。
なぜ、流産率があがるのでしょうか?少し学術的に解説します。卵子の老化が進行することにより、減数分裂の異常が起こり、受精卵(胚)の染色体異常(染色体の重複・欠損等)を招くリスクが生じます。この染色体異常胚の一部は、自然淘汰圧力により発生停止になります。その結果が流産という形になるということですので、女性の年齢が上がれば上がるほど流産率が上がるということです。最も怖い点は、一部はそのまま胚成長を継続し、やがて生まれてくる子どもが障害を発症する原因となる点です。
また一方で、高齢化に伴って妊娠中の合併症のリスクも上がりますし、また何とか出産まで辿り着くことができたとしても、分娩時のリスクが上がることによって、生まれてくる子供にもリスクが生じるということです。
色々な側面から出生児への影響がある点も含め、個人差はありますが、高齢妊娠・出産にはリスクが膨らむことは事実です。女性にとって年齢と妊娠・出産との関係性は悩ましい問題です。「妊娠、出産に伴うリスクを少しでも下げる」という観点から言えば、若いうちに妊娠して出産することが望ましいとうことですが、今回は、高齢妊娠・出産に伴う母体側のリスクを解説します(高齢妊娠・出産に伴う胎児へのリスクについては別途記事を参照ください)。また高齢妊娠・出産に向けて準備すべきポイントをまとめました。
高齢出産とは何歳から?
1991年以降、日本産科婦人科学会は、「35歳以上の初産婦は高齢出産」と定義しています。世間一般では「女性は35歳を過ぎると卵子が老化して妊娠しづらくなる」と語られていますが、その背景には「高齢出産=35歳以上の初産婦」と定義していることもあります。
上述していますが、加齢は「卵子の老化」と直結しており、35歳を過ぎると妊娠率は20%を切り、40歳代になる約5%、40歳半ばになると約1%にまで下がるのも事実ですので、統計学的に10万人の女性の平均年齢をとれば「35歳」というラインは妥当な年齢なのかもしれません。
しかし妊娠しづらくなる年齢には個人差があるのも事実です。40歳代でも卵巣機能が良好で自然に妊娠できる場合もありますが、一方で20~30歳前半でも妊娠が困難な卵巣機能の方もおられます。ですから平均年齢で考えるのではなく、個人レベルの卵巣機能を正確に見極めることが重要になります。
一方で、男性の「精子の老化」に関しては、真偽のはっきりとしない不確実な情報が世間一般に溢れています。卵子の老化と同様に、年齢が上がれば精子の老化も進行すると言われていますが、真相は加齢と直結する訳ではありません。精子の問題(精子異常)の大半は遺伝子異常(先天異常)ですから、「年をとったから精子異常が増える……?」ということではありません。
高齢妊娠・出産のリスクとは?
高齢妊娠・出産の場合は母体のみならず、生まれてくる子どもにもさまざまなリスクが伴います。最初に、母体側のリスクを解説します。
1.流産・早産・難産・死産の発症率が上がる
繰り返しになりますが、女性の高齢化に伴って卵子の老化が進行し、減数分裂の異常が起こり、結果として発生した染色体異常胚の一部は流産となって淘汰され、一部は出生児の障害という形で発現するリスクがあります(胎児へのリスクについては別途記事を参照ください)。ですから、どうしても高齢妊娠においては、流産率が高くなります。
また加齢に伴い子宮の機能も低下してきますので、前期破水や切迫早産を発症しやすくなります。早産の場合は、低出生体重児の傾向も避けられませんので、出生児への影響も視野にいれなくてはなりません。
さらには妊娠中に合併症(後述)を併発する頻度も上がりますので、子宮内胎児発育不全や子宮内胎児死亡の発症率も上がってきます。
何とか分娩まで辿り着いても、いざ出産となっても、子宮筋収縮力の低下および産道の硬化により微弱陣痛、遷延分娩、分娩停止になることも多々あり、難産となって胎児に悪影響を与えることもあります。中には赤ちゃんがなかなか産道に降りてくることができず長時間のお産となり、母子共に大きな負担がかかった結果、死産になるケースもあります。
2.妊娠高血圧症候群・妊娠糖尿病流産の発症率が上がる
加齢に伴う生活習慣病として、高血圧や糖尿病は代表的な疾患ですが、妊娠中には妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病という形で発症します。
とくに、妊娠高血圧症候群は妊娠合併症の中でも発症頻度が高く、一度発症してしまうと出産を終えるまで治りません。重症化すると脳出血や肝機能障害、腎機能障害など、様々な合併症を引き起こし、結果として母体と胎児の命に危険が及ぶ可能性がありますので、慎重な管理が極めて重要です。一方で、妊娠中はインスリン感受性が低下して血糖値が上がりやすくなりますので、妊娠糖尿病の発症頻度も増加します。母体の体調悪化と共に胎児の発育にも悪影響を与える可能性がありますので、早期発見と適切な早期管理が不可欠です。
3.前置胎盤・胎盤早期剥離の発症率が上がる
高齢出産では前置胎盤や胎盤早期剥離の発症率が上がります。皆さんも、前置胎盤とか、胎盤早期剥離とか、耳にしたことがあるかと思いますが、解りやすく説明します。
前置胎盤とは、胎盤が付着した子宮内の場所が理想的な位置より低く、赤ちゃんが出てくる産道(正確には、内子宮口という場所)を覆っている状態をいいます。胎盤は、たくさんの血管で構成させていますので、産道を覆っている状態ですと分娩時の大量出血が起きるリスクがあり、母子ともに危険な状態になります。ですから、前置胎盤が認められる状態で陣痛が起きた場合には、リスク回避のために経腟分娩ではなく、帝王切開になります。
このとき胎盤が早く剥がれてしまう現象が起こりやすくなります。この状態を胎盤早期剥離といいます。通常ですと、赤ちゃんが生まれた後に胎盤が子宮内から剥がれてきますが、そのタイミングが早く起きてくる現象です。胎盤早期剥離が起きると、赤ちゃんに酸素を送ることができなくなって死産や流産になる可能性や、大量出血が起きるリスクが生じますので、母子ともに危険な状態に陥ります。
4.帝王切開率が上がる
前述してきましたが、高齢妊娠の場合は前期破水、切迫早産、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病流産、前置胎盤、胎盤早期剥離などのトラブルが起きやすいため、結果として高齢出産では帝王切開率が増加します。
5.産後トラブルを招くリスクがある
産後の体力の消耗も著しく、体調の回復が遅くなることが、気持ちを焦らせ追い詰めてしまうこともあります。その肉体的な回復の遅れや精神的な焦りが、乳汁分泌不全(おっぱいが出ない)や産後うつなどを招くリスクもあります。
高齢妊娠・出産に向けて準備すべきポイント
「高齢妊娠・出産に伴うリスクが上がる」ということを知った上で、そのリスクを少しでも回避できるように、以下の点に気をつけてみましょう。
1.食事管理をしましょう。
主食、主菜、副菜で三大栄養素(たんぱく質・脂質・糖質)とビタミン、ミネラルをバランスよく取り入れた食事をとりましょう。葉物野菜も積極的にいただきましょう。
喫煙や飲酒は、妊娠リスクを高める原因となります。禁煙・禁酒をしてください。またカフェインの摂取も控えましょう。
とくに妊娠中は体重が増加しやすいので、医師の指導に従って体重が増えすぎないよう気をつけましょう。
2.適度な運動をしましょう。
出産は体力勝負です。時間がかかるほど一層体力を奪われます。また産後の早期回復を目指すためにも、自身に負担のない範囲で、日頃から適度な運動をして体力をつけておきましょう。
ただし、妊娠中はお腹の張りなど、体調の変化に注意してください。無理をしてはいけません。
3.良質な睡眠を取りましょう。また睡眠時間もしっかり取りましょう。
質の良い睡眠をしっかり取れるように、生活習慣の改善に努めましょう。
4.ストレスを上手に解消して、心のケアをしましょう。
妊娠中は自身の好きなことを思い切りする時間などを上手に確保して、自身にあったストレス解消法を習慣化させ、自律神経を安定させましょう。
5.どんなに忙しくても、妊娠中の定期検診は しっかり受診しましょう。
妊娠中のリスクを低減させるために、妊婦検診は毎回きちんと受診し、医師や助産師、栄養士からの指導に従いましょう。
まとめ
高齢妊娠、高齢出産に伴うリスクについて、正確な知識を身につけましょう。
生活習慣の改善や定期的な妊婦検診などにより、リスクの予防をしたり、低減させることができますので、高齢で妊娠する場合、また妊娠した場合には、今まで以上に日頃の生活に注意しすぎて悪いことはありません。しっかり安全対策をして、安心して出産に臨んでいただきたいと思います。