公開日:2022.06.07 
更新日:2023.09.15

男性の妊活は何から始めるべき?上手な妊活の事例も紹介

監修者 | 黒田 優佳子
男性不妊治療の専門である黒田IMRの院長

精子学の研究者であり医師である視点から、
不妊治療における誤解やリスクを解説

男性の妊活は何から始めるべき?上手な妊活の事例も紹介

そもそも不妊症とは、妊娠を希望する生殖年齢の夫婦が、避妊せずに1年間性行為を試みても妊娠しない状態を指します。

昔から「なかなか妊娠できない、不妊である」という問題は、女性に責任があるとされてきました。実際のところ、女性が30歳代後半~40歳代になると自然妊娠は難しくなる傾向にあり、また女性の社会進出に伴って晩婚化・晩産化が進んでいる背景も事実としてあります。

一方で現在では、不妊症の約半数において、男性側の精子に問題があることも明らかになっています。つまり不妊症は女性だけの問題ではなく、男女半々の問題として捉えるべきなのです。そのため、妊活を始める際は ご夫婦それぞれの役割分担を認識した上で、協力して進めていく必要があります。

妊活前に男性が最初に行うべきことは?

妊活を始めるにあたって、効率よく進めるために、男性側は まず以下の3点を積極的に行いましょう。

・パートナーと方針を決める
・精液検査 → 精子精密検査
・風しん抗体検査

とりわけ重要なのは、精液検査です。ここで注意しなければならない点があります。精子の検査といっても通常の顕微鏡で精子数や運動率、大まかな頭部形態を調べるといった、見た目だけの簡単な検査ではなく、精子の中に存在する「隠れ精子異常」を見極めることができる「分子生物学的な高度な手法を駆使した精子の精密検査」が極めて重要になります。

なるべく早い段階で専門施設を受診して精子精密検査を行い、科学的根拠に基づいた精子詳細情報を取得(把握)しておくことが、「上手な妊活の入り口戦略」になります。
それぞれについて解説します。

パートナーと方針を決める

治療に伴う経済的な負担が大きかったことから、不妊治療は2022年4月より保険適用となりました(医療機関によっては自費診療)。とはいえ、治療による女性側の精神的、物理的な負担は避けられません。それらの負担を軽減させるためにも、ご夫婦が妊活を始めると決めた場合、子供を得るための努力に対する強い想いや考え方を共有していただくことが大事です。夫婦で向き合う時間をしっかり持ちましょう。

また効率よく妊活を進めるためにも、不妊治療を開始する前に何よりも最初に精子精密検査をしていただき、上手な妊活をしてください(詳細な説明は後述します)。

最初に精子精密検査で「隠れ精子異常」がないか見極めることが重要

黒田IMRでは「上手な妊活」の治療方針として、最初に男性側の検査、すなわち精子の検査を行うことをおすすめします。精子の検査と言っても「通常の顕微鏡で精子数や運動率、大まかな頭部形態を調べる」といった、標準的に行われている現行の見た目だけの簡単な検査では不十分です。

なぜならば、不妊原因の約半数を占める男性不妊のうち、その約90%は精子の形態や機能に問題がある精子異常で、しかも その異常は通常の顕微鏡で観察して見ただけでは分からず、精子の中に潜んだ「隠れ精子異常」として現れているケースが多いからです。また、この隠れ精子異常の背景には遺伝子の問題が関与している場合が多いというのが真実です。

一般的に精子の問題は、卵子の老化と同様に加齢に伴い悪化していくように報道されていますが、本当のところは上述したように、遺伝子異常が関わっている隠れ精子異常が男性不妊の殆どを占めています。ですから、男性不妊の治療は難航します。

男性側に先天的な問題があれば、いくら女性側の治療がうまくいっても妊娠率は上がりません。この点が見逃されたまま治療が反復(継続)されても、結果には繋がりません。不妊治療において最も深刻な問題と言えるでしょう。辛い終わりのない不妊治療に陥らないためにも、最初に精子精密検査を行い、隠れ精子異常があるタイプなのか否かを見極めることが最も上手い妊活になる訳です。

精子老化の原因とは精子の妊孕性は予測可能なのか?

繰り返しになりますが、「隠れ精子異常」は現行の精液検査では見極めることはできませんが、分子生物学的な高度な手法により解析が可能になりますので、治療を開始する前に専門性の高い施設を受診していただき、効率よく妊活を進めてください。

精子精密検査を最初に行う意味

繰り返し解説して参りましたが、精子異常の背景に遺伝子の問題が関わるタイプが男性不妊の殆どを占めている訳ですが、この場合、治療を反復(継続)していても結果には繋がりません。終わりのない不妊治療に陥らないために、妊活の最初に精子精密検査を実施する意義が高いことをご理解ください。

精子精密検査によって科学的根拠に基づいた精子詳細情報が得られると、精子側から「不妊治療が必要か、不要か」という治療適応の有無が明確になります。また治療が必要と判明した場合には、「どのような治療法が安全かつ最適なのか」という、ご夫婦ごとの個別の治療プランを具体的に組み立てられます。不妊治療の見通しや妊娠の可能性など、その後の展望を見据えて治療方針を検討できるという意味で効率的です。

精子精密検査は不要な負担を避けるための入口戦略

精子精密検査を通して重度の精子異常が明らかになった場合は、精子側の理由で「安全な治療の土俵に乗ることができない=治療断念」という、厳しい結果に至ることもあります。思ってもいなかった事実を伝えられたご夫婦は、例外なく混乱されます。心の葛藤、絶望は想像を絶するものがあり、サイエンスの観点だけでは割り切れない「心の問題」を整理する時間も必要となるでしょう。

それでも精子精密検査を行う意義は上述しましたが、散々治療をした後に重度の精子異常が発覚するよりは、ご夫婦の多くの負担が軽くなる点にあります。一般の治療現場では、長期にわたる不妊治療反復不成功という「辛すぎる終わりのない不妊治療」を経験し、高額な経済投資をした後に重度な精子異常が発覚するケースも少なくありません。そういった事態に陥らないためにも、最初に精子精密検査を行って科学的根拠に基づいた詳細情報を取得(把握)することが、「上手な妊活」の「入り口戦略」と言えます。

精液検査

男性の妊活において欠かせないのが精液検査です。上述しましたが、標準的に行われている現行の精液検査では、普通の顕微鏡で主に以下の3つを観察しますが、精子の中に存在する「隠れ精子異常」を見極めることはできません。

・精子濃度(1ml中の精子数)
・運動率(運動している精子の割合)
・精子頭部の形態(見た目の精子の外見的な頭の形)

一方で私どもの精子研究チームで開発した分子生物学的な精子精密検査法により、精子の見た目のみならず、隠れた精子異常の観察が可能になりました。この方法により、科学的根拠に基づいた正確な精子詳細情報を開示できるようになり、精子側の視点から、治療に伴うリスクやご夫婦にとって安全で最適な個別化治療を実践するための戦略の具体化、ならびに治療の見通し(妊娠の可能性)をある程度予測できるまでになりました。

精液検査の採取手順とは?持ち込みの場合に気を付ける事も解説:新しい精液検査│これまで見逃されてきた、隠れた精子異常を見極める

風しん抗体検査

風しんは、風しんウイルスの飛沫感染で引き起こされる急性の発疹性感染症です。強い感染力を持ち、ヒトからヒトへ感染が伝播します。成人で発症した場合は、高熱や発疹が長引き、また強い関節痛を認めることもあり、小児より重症化する傾向にあります。脳炎や血小板減少性紫斑病等を合併した際は、さらに重症化しますので軽視できません。

特に妊娠20週頃までの女性が風しんウイルスに感染すると、眼や心臓、耳などに障害を持つ(先天性風しん症候群)子どもが生まれてくる可能性が高くなりますので、注意が必要です。妊娠1カ月で感染した場合は50%以上、妊娠2カ月では35%程度と報告されています。

妊娠中の感染を防ぐには、事前に夫婦揃って風しんウイルスの抗体価を検査しておくことが重要です。また妊娠中の女性は予防接種を受けることができませんので、ウイルスの抗体価が陰性もしくは低い場合には、女性側だけではなく男性側もワクチンを接種しておくことをおすすめします。

事例:高度な検査により良好精子を確認し 指導3カ月目で自然妊娠

ここで、20歳代の若いご夫婦の「ちょっと待てよ!」「悪い精子をむりやり顕微授精で授精させて本当に大丈夫なの?」という気づきと、その意識に沿った迅速な行動が、妊活の成功に繋がった事例をご紹介します。

そのご夫婦は、当院を受診される前に某不妊治療クリニックで一般不妊検査を受け、医師より「妻には異常なし」と言われた上で、「夫の精子の状態が悪いので、顕微授精でなければ妊娠できない」といった説明を受けました。説明を聞いたご夫婦は、ふと「ちょっと待てよ!」「悪い精子をむりやり顕微授精で授精させて本当に大丈夫なの?」という不安を感じたと言います。そこで担当医師に疑問点を聞いてみたところ、「大丈夫ですよ!」の一言のみ。科学的根拠に基づいた説明は全くなかったとのことです。一層不安になり、「本当に問題ないのですか?」と再度尋ねると、「嫌なら(治療を)止めましょう」と言い返され、何とも納得がいかない医師の説明に憤りを感じ、必死になって信憑性の高い情報をインターネット上で検索したそうです。

ご夫婦は、黒田IMRのホームページから、「見た目だけでは精子品質の良し悪しは判らない」という事実と、元気に泳いでいる精子でも隠れた異常をもっている場合(低品質精子)がある一方で、一見数が少なくて元気がなさそうに見える精子でも、良質の精子(高品質精子)である場合もあるということを知るに至りました。

その後ご夫婦は当院を受診し、精子精密検査を実施された結果、まさに後者のケースであったことが判明しました。確かに精子数は少なめでしたが、品質は良好で(隠れ精子異常率は極めて低く)、精子DNA構造をはじめとした受精に関わる精子機能の正常性が高いタイプの精子でした。

妻の年齢が20歳代で若かったこと、妻側の不妊検査の結果も異常がなかったことから妊孕性が高いと判断しましたので、6カ月間自然に性交を取る方向の指導を行いました。その結果、指導を始めてから3カ月目で自然妊娠し、既に健常児の出産に至っています。

この事例では、若い夫婦の気づきと行動によって不必要な顕微授精を回避できました。経済的・精神的・時間的な負担が大きい不妊治療をしないで上手に妊活を進め、自然妊娠できたのは、迅速な判断があったからこそと言えるでしょう。

事例:高度な検査により男性側の不妊原因を早期に把握し人生計画を軌道修正

次に、ご夫婦の「ちょっと待てよ!」「このまま同じ治療を反復していて本当に大丈夫なの?」という気づきと、その意識に沿った迅速な行動によって、人生の軌道修正に成功した事例をご紹介します。

そのご夫婦は当院を受診される前に、某不妊治療クリニックで顕微授精を3回繰り返していました。結果は、3回とも「複数の卵子が採取できても全く授精せず(受精率0%)、結果として1回も胚移植にならなかった(胚移植率0%)」そうです。これは顕微授精反復不成功の典型的な事例と言えます。

顕微授精の反復不成功について、ご夫婦は医師より「妻が30歳代後半のため卵子の老化が原因で授精しない」という説明を受けたと言います。しかし、そもそも顕微授精の利点は「1匹の運動精子がいれば人の手で授精が可能になり、妊娠させられること」と説明されていたので、最終的に「3回も顕微授精を反復しているのに、3回とも全く授精しなかったのは何かがおかしい!」という考えに辿り着きました。そして黒田IMRの精子精密検査を希望し、受診されたのです。

このご夫婦のケースでは、精子精密検査を行った結果、精子DNA構造の安定性は高いタイプであったものの、隠れ精子異常が見つかりました。精子頭部の内部構造を解析したところ、ほぼすべての運動精子の先体(精子頭部の前半部を覆う袋状の小器官で、その中には卵子に侵入する際に必要な加水分解酵素が入っている)が欠損している「先天性先体欠損精子」であり、かつ頭部に空胞が認められる「頭部空胞精子」だったのです。これらの隠れ精子異常の背景には遺伝子の問題が関与していることを踏まえ、顕微授精の受精率0%が繰り返された原因は、卵子の老化ではなく、精子の先体欠損が関与していた可能性が高く、しかも遺伝子異常(先天異常)に起因する可能性を否定できないという見解に至りました。

残念ながら顕微授精は、遺伝子異常を治す技術ではありません(先天異常には対応できません)。そのため本ケースでは、不妊治療は困難(治療断念)と判断しました。

以降の彼らは子どもを持たない人生設計への切り替えとなりましたが、そもそもご夫婦の迅速な判断がなければ、引き続き顕微授精を続け、不成功を繰り返す「辛すぎる終わりのない不妊治療」に陥っていたかもしれません。この事例では、ご夫婦の「ちょっと待てよ!」「本当に大丈夫?」という気づきと行動が、顕微授精反復治療からの脱却を可能にし、人生を軌道修正することができました。

顕微授精のリスクとは?│事例や子供への影響について

精子の質を高めるには?

妊活に向けて、健康的な食生活や適度な運動をすることは大切です。しかし不妊治療の現場では、見た目は良好な運動精子でも、隠れた異常(具体的には、精子DNA損傷率や受精に関わる機能異常率が高い等)が認められる場合が多く、その精子異常の背景には遺伝子の問題が関与しているケースがほとんどです。正直なところ、そのような場合は食生活や運動習慣、生活習慣の改善などで精子の質を高める効果は期待できません。薬やサプリメントも同様です。

精子が生成されるサイクルとは?健康的な精子の生成で気を付けること

精子異常の原因になる遺伝子異常は、「新生突然変異」と言われます。2万個以上存在するヒトDNAにおいて、精巣で精子が造られる過程では、あらゆる遺伝子に一定の確率で突然変異が起きます。しかもその遺伝子の突然変異は、精子1匹1匹ごとに異常な箇所が異なりますので、大変複雑です。このことが男性不妊の治療を困難にさせています。

なぜ、顕微授精は危ないの?男性不妊に特化した当院ならでは治療方針

さいごに

繰り返しになりますが、不妊症の原因の約半数は男性側(精子異常)にあり、男女半々です。つまり、不妊症は女性だけの問題ではありません。

なるべく早い時点で精子精密検査を試みて、科学的根拠に基づいた詳細情報を取得(把握)していくことが「上手な妊活の入り口戦略」です。妊娠に向けて、夫婦それぞれの役割分担を認識した上で協力して進めましょう。

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監修者│黒田 優佳子

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監修者│黒田 優佳子

黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

出版
不妊治療の真実 世界が認める最新臨床精子学
誤解だらけの不妊治療

主な監修コラム
不妊治療について
日経woman

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