精液検査の採取手順とは?持ち込みの場合に気を付ける事も解説
更新日:2023.05.15

- 男性不妊治療の専門クリニック│黒田インターナショナルメディカルリプロダクション
- コラム
- 精液検査の採取手順とは?持ち込みの場合に気を付ける事も解説
- 目次 -
精液検査の手順・注意事項について
不妊治療が始まりますと、女性側は多くの検査を受けますが、男性側は基本的には精液検査のみになります。現行の精液検査では、マスターベーションにより精液を採取していただき、精液1滴をガラス板の上に滴下し、顕微鏡の倍率は200~400倍で、精子濃度(1ml中の精子数)、運動率(運動している精子の割合)、ならびに大まかな精子頭部の形態(見た目の精子の外見的な頭の形)を観察する程度の検査になります。
検査をされた方であれば、その都度、精子濃度の変動に伴って「精子が減った」「増えた」と一喜一憂されることと思います。しかし、精液を採取する際のマスターベーションが上手くできたか否かにより、精液量(射精される液量)とともに精子濃度は大きく変動しますので、実は精子濃度は「精子の実力」を評価するのに良い指標ではないのです。
精液は、射精時に、前立腺やその後ろにある精嚢腺の分泌液が、精巣上体で成熟を進めている精子を含む分泌物を押し出し、それらが混ざり合ってできた白濁液です。つまり、精液はあらかじめ精巣内に蓄えられていると誤解している方も多いですが、実際のところは、精液は精巣内に蓄えられているわけではなく、射精をする時にできるのです。ですから、マスターベーションの具合により、精巣上体の分泌物を押し出す前立腺や精嚢腺の分泌液の量が大きく増減し、精液が薄まったり濃くなったりしますので、精子濃度は「精子の実力」を評価するのに良い指標ではないのです。
また、せっかくうまくできた精子でも、禁欲期間が長くなると、射精を待つ間に精子を包み込んでいる膜(細胞膜)に傷がつき、精子の頭の中に収納されているDNAに傷がつき、運動性が失われて運動率が低くなります。逆に、毎日射精するように禁欲期間が短いと、精子濃度(1ml中の精子数)は下がり、また精液の中に未成熟な精子が目立つようになります。すなわち、成熟した精子をある程度の数、射精するには一定の禁欲期間が必要になりますが、個人差も大きく、一概に何日の禁欲期間がよいと言い切ることはできません。正確に言えば、各個人の精子の品質に見合った適正な禁欲期間(3日~5日)があるということです。
一般的な精液検査の問題点
一般的な精液検査で調べる精子濃度と運動率の数値は、妊娠率に大きく影響すると考えられていますが、実は、それは誤解です。例えば10万人の統計をとれば、精子濃度や運動率が高い精子は、女性を妊娠させる力が高いというのは間違いありませんが、個人レベルでは、そう簡単な話ではなく、顕微鏡で見た精子数や運動率が良好だからといって安心できません。反対に、精子数が少ないからといって悲観するのも早計です。
私たち精子研究チームは、細胞の重さの違いを利用して、うまく造られなかった精子や消費期限が切れてしまった精子など、「明らかにいらない精子」を取り除く技術を用いて、その結果 残った精子を「実効精子」と名づけ、「実効精子数=真の精子の実力」を評価するのに新しい指標としています。「夫が妻を妊娠させる力」の指標としては「実効精子数」の方が精子濃度より正確です。
また不妊業界で「良好精子」と言われている、「形が綺麗な元気に泳いでいる精子」の中にも、現行の精液検査では見過ごされてきた様々な機能異常が隠れ潜んでいる場合があり、私たち精子研究チームは、これを「隠れ造精機能障害(隠れ精子異常)」と呼んでおります。隠れ精子異常の種類と程度に応じて妊孕性(妊娠する可能性)は下がっていき、これが男性不妊治療を難航させる原因になっています。
そこで、私ども精子研究チームでは、分子生物学的な視点から、精子の見た目のみならず、隠れた精子異常を観察し得る精密検査法を確立しました。大変手間のかかる観察法ですが、精子の実効偏差値(真の精子の偏差値)を評価するには相応しい新しい精子検査法です(詳細は後述します)。
クリニックへ予約
上述したような採精に際して注意すべき点もありますので、当方では完全予約制とし、事前に注意事項をご案内させていただき、心身ともに整えてから受診していただきます。
また精液検査を受ける際には、時間的に焦らず、周囲の視線を気にしないで、ゆっくりリラックスして採精できることが望まれます。そのためにも、当方では他の患者夫婦との時間的な重なりを回避できる、完全個別対応のシステムにしております。
精液の提出│自宅採取の注意点
医療機関によっては、精液を自宅で採取して自己搬送することを許可しています。当事者になれば、「自宅の方がリラックスできる」という気持ちもわかります。しかし、精子は大変デリケートな細胞ですので、採取してから時間が経過してしまったり、搬送の環境が悪かったりすることで、精子の状態は著しく変化します。
正確に精子の情報を得るためには、採取した直後から観察が始まります。また、温度管理も大事ですので、人肌に保つようにしなくてはなりません。通常、精液の中には常在菌がいますので、夏場は自己搬送中に菌の繁殖が進みます。逆に、クーラーがきいている冷え切った室内での精子の取り扱いは好ましくありません。つまり、冬場の自己搬送においても、精子にとって最適な温度管理は難しくなります。
また、検査して、とても厳しい結果が得られた場合においては、搬送条件の悪さが影響しているというよりは、遺伝子異常による精子異常である可能性が高くなりますが、そこまでの厳しい結果ではないものの、決して良い結果とは言えなかった場合には、搬送条件が適正でなかった可能性も考慮に入れて判断しなくてはなりません。精子の検査結果は、その後の治療戦略の具体案に大きく関わりますので、なるべく医療機関で採取されることをお勧めします。
新しい精液検査│これまで見逃されてきた、隠れた精子異常を見極める
繰り返しになりますが、現行の精液検査では、主に精子濃度(1ml中の精子数)、運動率(運動している精子の割合)、精子頭部の形態(見た目の精子の外見的な頭の形)を観察しますが、採取の度にデータ値が変動する可能性があること、また、精子の中に隠れている様々な機能異常(隠れ造精機能障害=隠れ精子異常)を見極めることができないこと等をお話してきました。
私ども精子研究チームで開発した分子生物学的な精子精密検査法では、精子の見た目のみならず、隠れた精子異常の観察を可能にしましたので、現行よりは科学的根拠に基づいた正確な精子情報を開示できるようになりました。以下に、検査項目を紹介します。
①精子DNA損傷率:DNA fiberの切断(断片化)の進行程度の観察
最近、私のもとを訪れる夫婦は、すでに長い不妊治療歴があるが全く結果に繋がらない方や、現在通院しているクリニックで「精子のDNAに傷がついている」と言われたので詳細に調べて欲しいという方が大変多くなりました。
数年前から、「精子の老化」というテーマで男性不妊の特集番組が放送され、その中で精子のDNAの傷と男性不妊の関連が紹介された影響もあり、色素で精子を染めて、染まり方の違いでDNAの傷を判定する検査(簡易式検査キットも販売されています)を導入するクリニックが増えてきたことが影響しているのでしょう。
体を構成する細胞は、DNAに傷がつくとすぐに修復され、成功すれば生き延びますが、失敗すれば死んでしまいます。一方で、精子は特殊な細胞ですので、造られる途中でDNAを修復する力を失ってしまい、様々な原因によってできたDNAの傷を修復できず、がそのまま残ってしまいます。その結果、見かけが元気な運動精子であってもDNAにほんの少しにしても傷ついたDNAを持ったものも混ざっているということです。精子のDNAが少しぐらいなら傷ついていても大丈夫?ということはありません。
DNAがひどく傷ついた精子は受精しませんし、たとえ受精しても発生は進みませんので、胚の発生停止や流産(自然淘汰)により、命の誕生にまで至りません。一方で、わずかな精子DNAの傷ならば、受精する機能に問題がなければ受精して発生が進んでしまいます。運良く上手くいけば、受精した後に卵子が精子のDNAの傷を修復してくれますが、ほんのわずかの傷を治すのが精一杯なので、その修復が不完全に終わってしまった場合には、子どもの健康に何かしらの影響を及ぶす可能性が残ります。
命を造り出す生殖補助医療では、安全な技術の提供が必須になります。ここで最も注意すべき点は、子どもの健康という観点からは、不妊治療の業界で良好精子と言っている元気な精子の中に隠れているDNAのわずかな傷こそがリスクを招くという点です。
私たちの精子研究チームによる精子精密検査は、世間一般に出回っている色素で精子を染めてDNAの傷を判定する簡易式検査キットによるものではありません。電気泳動という手法(電気の力)を用いて、1匹ずつ精子の頭の中に収納されているDNA fiberを引き伸ばして、何パーセントの精子にDNAの傷(DNA fiberの切断)があるか、大変細かく調べます。
大変に手間はかかりますし、精子DNA損傷を正確に再現性高く調べられる技術を安定させるには、正直かなりの熟練を要しますが、精密に調べた結果を一組一組の夫婦に時間をかけて写真を見せながら詳細に説明することは極めて重要であると考え、実践しております。
②精子頭部と尾部の形態の観察
不妊治療の現場では、正常な形態からかけ離れた、写真のような、頭部の大きさや形、尾部の長さや形にも様々な異常がある精子も多くみられますので、高精度な染色法で細かく見極めることが重要です。
③精子頭部空胞:頭部の中の空胞(穴)の観察
精子が成熟すると、頭部の中に収納されたDNAを保護しているタンパク質がヒストンからプロタミンに変わります。このプロタミンを染色すると、頭部が青色に染まり、空胞が白く抜けて見えます。
この空胞は、頭部の中に隠れて存在するので、その割合や大きさの程度を調べることは大変重要です。
写真の精子は、ほとんどの精子に大小の空胞が見られます。
④精子先体:卵子への侵入に関わる部分の形態と機能の観察
先体は、ヘルメットのように精子頭部の前半分を覆っている袋状の小器官です。この袋の中には、受精時に精子が卵子の膜を溶かすための酵素が入っています。培養液の中で1時間ほど泳がせると、精子はヘルメットを脱いで卵子に侵入する準備を完了します。精子の何%に先体がついているか、どのくらいの精子が卵子に侵入する準備ができるか、精密に調べることは生殖補助医療において極めて重要です。
左写真は、ほとんどの精子が正常な形の先体を持っていますが、右写真は、すべての精子に先体がありません(先体欠損)。
⑤精子中片部:運動能に関わる部分の形態と機能の観察
精子の頭部と尾部を連結する首の部分を中片部と呼びます。この部分にはエネルギー産生に関わるミトコンドリアという器官が入っていますので、このミトコンドリアを染色して、中片部の機能と形態を調べることは重要です。写真は、ミトコンドリアが整然と並ぶ正常な形態を有する中片部です。
⑥ 凍結保存に耐える力の観察
この検査では、選別した高品質精子が凍結保存後に、どの程度生き返るか、つまり凍結保存に耐える力を調べます。精子の厳選という観点から考えると、凍結保存技術は、DNAに傷はないものの、細胞膜が弱い運動精子を排除する手段になります。
高度な精子選別技術に凍結保存を組み込むことにより、融解後に生き残る精子が例え僅かでも、ひたすら備蓄しておけば、精子を節約できる新しい体外受精法(人工卵管法:詳細はコラム参照)によって、顕微授精を回避できる可能性が高まります。ただし、精子の状態がいつも非常に悪く、解凍後に全ての精子が運動性を失う場合は、現状では採卵当日に採取した精子の中から品質管理できた精子を用いて顕微授精を行うことになります。

まとめ
顕微授精を繰り返した後で従来の検査ではわからなかった精子異常(隠れ造精機能障害)が判明し、夫婦が混乱するような事態を避けるためにも、私たち精子研究チームでは、生殖補助医療を開始する前に、まず精子の精密検査を行い、「真の精子の実力=実効偏差値」を十分に把握した上で、その方の「精子に見合った治療法」を決定し、「その方の精子で安全かつ有効な治療を行える可能性」を予測するという「精子側の正確な科学的根拠に基づいた情報開示を先にするという新しい不妊治療モデル」の開発に着手しました。言い換えれば、精子の精密検査を行い、精子の状態を確認し、精子の状態が良いからこそ、安心して顕微授精ができるのです。
しかし一方で、悪い結果が出て、それが治療困難であった時、逃げ場がなくなることもあります。結果次第では、私のもとに相談にみえる迄の治療に対する喪失感や、奥様への打撃も計り知れないものがあり、夫婦のその後の生き方等に大きく影響してくることも多々あります。このように夫婦の心の問題を考慮しますと心が痛むケースもありますが、「生殖補助医療が決して万能ではないという厳しい現実」、これが真実であることを周知しなくてはいけない、そのためにも治療を開始する前に、まずは精子の質を詳しく調べる新たな不妊治療モデルを普及させることが急務であると考えております。

Author information
監修者│黒田 優佳子
黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。