不妊症になる原因の約半分は男性側に原因がある「男性不妊」です。皆さんが想像されている以上に男性不妊は多いというのが実態です。しかも男性不妊の大半は、精子形成過程に何かしらの異常が生じて精子を上手く造ることができないという「精子異常」のケースになります。
精子は精巣の中で造られ始めますが、その段階では精子は未成熟な状態にあります。精巣の横にある精巣上体という細い管を通り抜ける間に成熟を進めて、精子として運動する能力や受精に必要な機能を備えます。その過程において、つまり精巣で精子が造られてから精巣上体で精子が成熟するまでの間に、生まれながらにして(先天性)異常が生じた場合、もしくは 生まれた後(後天性)に問題が生じた場合に精子異常が発症します。この病態を『造精機能障害 ぞうせいきのうしょうがい:精子異常』といい、一般的には、皆さんがよく耳にする「精子産生量の低下:精子数の減少」「運動能の低下:運動率の低下」「形態異常率の増加:奇形率の増加」という、普通の顕微鏡(位相差顕微鏡)で見てすぐに判る異常が指摘されます。
しかし実際には、生殖補助医療の治療対象になる精子異常の大半は、位相差顕微鏡で検知することができない、精子の中に隠れ潜んだ異常(これを『隠れ精子異常』という:詳細は後述)として発現してきます。隠れ異常には、精子DNAや細胞膜の損傷や先体の異常ほか、多様な精子機能異常があり、とても複雑に発症してきます。最も重要な点は、その背景に遺伝子異常(先天性)が関与しているという点です。ここに男性不妊治療の難しさがあります。
正式には、隠れ精子異常も含めて精子に異常が認められた病態を「造精機能障害」という訳ですが、治療現場では この隠れ精子異常に関する認識が極めて乏しく、ここに現状の不妊治療の問題点・リスクがあります。
この記事では、男性不妊の大半を占める造精機能障害(精子異常)について正しく理解していただくために、わかり易く、かつ詳細に解説していますので、是非お役立てください。
実は、先天性の精子異常が、男性不妊の大半を占める!
生殖補助医療の治療対象になる男性不妊の精子異常においては、先天性の遺伝子異常が関与している隠れ異常が大半を占めていることを前述しましたが、この生まれつき精巣で精子を造るラインに問題があり、造精機能が障害されて精子異常に繋がったケースには、2つのパターンがあります。
(1) 生まれつき精巣で精子を造るラインが故障しているが、運良く一部だけ精巣内に正常な精子を造るラインが残っている場合です。少しでも正常な精子が造られれば、我々精子研究チームで開発した『高度な精子選別技術』が効力を発揮できます。
(2) 生まれつき精子の設計を支配する遺伝子に異常がある場合です。つまり精子が確認されても、その背景に精子形成に関わる遺伝子の異常が関与している先天異常になります。実際には、造精機能障害の大半はこのケースで、しかも隠れ精子異常として発現してきますので厄介です。
先天性の精子異常は『隠れ異常精子』として発現するので、一般精液検査では検知できない! ~隠れ異常精子について徹底解説~
繰り返しになりますが、生殖補助医療の治療対象になる精子異常の大半は、DNA損傷を始めとする多様な精子機能異常を伴いますが、それらの異常は、一般精液検査で用いる位相差顕微鏡では検知することは不可能で、「精子の中に隠れ潜んでいる異常」として発現することから『隠れ精子異常』と呼んでいます。
この隠れ精子異常の背景には「遺伝子異常が関与」しているとお話していますが、わかり易く言い換えますと、精子が造られる過程には「多くの」遺伝子が「複雑に」関与していますので、不運にも生まれながらに そこに関わる遺伝子に突発的な変異(遺伝子の突然変異)が起きてくる場合があるということです。
この遺伝子異常は『新生突然変異 しんせいとつぜんへんい』と言われ、主に精巣で精子が造られる過程で起こり、ヒトの2万個以上の遺伝子に一定の確率で突然変異を引き起こします。遺伝子の突然変異は、精子1匹単位で異常発現する箇所が異なるため大変複雑化しますので、その影響が隠れ精子異常の種類と程度の多様化に繋がります。重症な場合には精子を造ること自体が停止します。すなわち「どのような」隠れ精子異常なのか?「どの程度重篤な」隠れ精子異常なのか?は、一律同じ異常パターンではないということです。
【重要ポイント】隠れ精子異常は『分子生物学的な手法による高精度な精子解析検査』でなければ診断できませんので、一般精液検査で隠れ異常が見逃されたまま間違った治療に進められてしまうケースも多々あり、結果として治療が難航します。さらに怖い点は、隠れ異常精子を用いた治療において、人為的な授精を可能にさせて、妊娠、出産に至った際には、生まれてきた子供に何かしらの異常が発症するリスクがある点です。
原因を特定できる、後天性の精子異常は少数派!
原因を特定できる後天性の精子異常は、もともとは精巣で精子を造るラインには問題がなく、正常な造精機能を備えて生まれてきましたが、生まれた後に何かしらの原因で その造精ラインに故障が起きて造精機能が低下し、精子異常に繋がったケースです。中には、手術や薬により精子異常の改善を期待できる場合もありますが、効果が認められないこともあります。
以下に少数派ではありますが、後天性の精子異常の原因になる色々な疾患を紹介します。
(1)精索静脈瘤
後天性造精機能障害の多くの場合は、精索静脈瘤という血管の異常です。解剖学的な視点より左側に多い傾向がありますが、外科的手術によって造精ラインの回復を期待できます。しかし中には治療効果がみられないこともあります。(詳細は精索静脈瘤の項を参照ください)
(2)停留睾丸・精巣外傷後
停留睾丸とは、胎児のころ腹腔内にある精巣が生後数か月たっても陰嚢の中におりてこない病態をいいます。停留睾丸の数%は腫瘍化しますので、思春期までに精巣固定術による治療が考慮されますが、大半が造精機能障害を伴います。
(3)耳下腺炎罹患後の耳下腺炎性精巣炎
耳下腺炎(おたふくかぜ)に罹患した後に高熱が続き、その影響で精巣に炎症が起きる場合があります。これを耳下腺炎性精巣炎といいますが、既往がある場合に造精機能が障害されます。
(4)小児がんの治療後
抗がん剤や放射線等の治療は癌細胞を殺すことが目的ですが、同時に造精機能を強く傷害する可能性があります。
(5)重度な糖尿病
糖尿病の多くのケースでは勃起障害や射精障害といった性機能障害を伴いますが、重症化しますと造精機能低下にまで至ることもあります。
(6)低ゴナドトロピン性 性腺機能低下症
本疾患は極めて少ないですが、視床下部-下垂体で造精機能を司るホルモンの分泌が低下することにより、精子を造る力が低下します。
原因を特定できる、後天性の性機能障害とは?
性機能障害の場合は、精巣で精子を造るラインには問題がなく、正常な造精機能を備えていますので上手く精子を造ることができます。また精子輸送路にも問題がありませんので、造られた精子が通過することもできます。しかし勃起や射精といった性機能に問題があり、性行為を完了することができません。
(1)ストレス・糖尿病・多発性硬化症・薬剤(α1ブロッカー)
ストレスや糖尿病、多発性硬化症、薬剤(α1ブロッカー)等の影響で、勃起障害ED(有効な勃起が起きない)になり、性行為がうまくいかない場合があります。また性行為まではできても射精障害(腟内で射精することが困難)になる場合があります。
(2)糖尿病・手術による神経損傷
糖尿病や手術による神経損傷等の影響で、逆行性射精といい、内尿道口の閉鎖が不完全になり、射精時に精液が射出されずに膀胱内に排出されてしまう場合があります。治療法としては、内尿道口の閉鎖不全を改善させる目的で交感神経α刺激薬(塩酸イミプラミン、アモキサピン)が使用されますが、効果が得られない場合もあり、最終的には射精後に排尿していただき、可及的速やかに『高度な精子選別技術』を用いて精子の回収に努めることになります。
(3)脊髄損傷後・リンパ節郭清を伴う手術後
脊髄損傷後やリンパ節郭清を伴う手術の影響により、射精に関わる神経機能が損傷され、無射精になります。治療法としては、バイブレーターによる振動刺激、電気射精法(経直腸的に精嚢、前立腺を電気刺激して射精を誘発する方法)がありますが、なかなか効果が得られません。
(4)その他
不妊治療においては「タイミング指導」といい、予測した排卵日に性行為をとるように指示をする場合があります。タイミングに固執してしまうと性行為そのものの障害を来たしたりすることもあります。
原因を特定できる、後天性の精路通過障害とは?
精路通過障害は性機能障害の場合と同様に、造精機能には問題がありませんので、上手く精子を造ることができます。しかし、精子輸送路に問題があり、造られた精子が通過することができません。
(1)精巣上体炎後
精巣上体炎といい、精巣上体という細い管に炎症が波及して精子が通過するライン(精子輸送路)が閉塞され、無精子症になることがあります。治療法としては、顕微鏡下精巣上体精管吻合術が考慮されますが、精路再建が困難な場合もあります。
(2)鼠径ヘルニア手術後・精管切断術後
鼠径ヘルニア手術後や避妊手術としての精管切断後等の精管閉塞により、閉塞性無精子症になる場合もあります。治療法としては、顕微鏡下精管精管吻合術が考慮されますが、精路再建が困難な場合もあります。
まとめ
男性の不妊症の原因を特定できる場合には、投薬や外科的手術により原因を除くための治療が可能になり、その効果を期待できる場合もあります。しかし一方で、生殖補助医療の治療対象になる男性不妊の大半は、先天性の新生突然変異(遺伝子異常)による隠れ精子異常(精子の中に隠れ潜んでいる内部構造異常や精子機能異常)です。
黒田IMRは、院長を含む精子研究チームが 長年にわたり開発してきた『高度な精子側の関連技術』を沢山もっていますので、それらの特殊技術を駆使した『男性不妊の検査と治療』をオーダーメイドで ご提供できる生殖補助医療専門クリニックとして 2000年の設立当初から精進して参りました。一般精液検査で用いる位相差顕微鏡で検知できないことにより「隠れ異常精子が見逃されたまま間違った治療に展開され、成果に繋がらない」という負のスパイラルに陥らないためにも、なるべく早い時点で『分子生物学的な手法による高精度な精子検査』を受けにいらしてください。
科学的な根拠に基づいた詳細情報を把握できますので、その方の精子のタイプに最適な治療法をご提供することが可能になります。是非とも上手な妊活をしてください。