そもそも不妊とは、妊娠を希望する生殖年齢の夫婦が避妊せずに1年間性行為を試みても妊娠しない状態を指しますが、日本においては昔から「なかなか妊娠できない、不妊かもしれない」となると「女性側の問題」と思われる風潮がありました。実際のところ、女性が 30歳代後半~40歳代になると妊娠し難くなり、また女性の社会進出に伴って晩婚化・晩産化が進んできた背景もあります。
しかし実は、不妊症の約半数は男性側の精子に問題がある場合です。男性不妊も意外と多いのです。つまり、不妊は女性だけの問題ではありませんので、妊活を始める際は ご夫婦で協力して進めていくことが大切になります。
目次
妊活前に男性が最初に行うべきことは?
妊活に向けて効率よく進めるために、夫婦で「妊活方針」を話し合って方向性を決めることです。その上で、とりわけ重要な男性側の検査は「精液検査」になります。
ここで注意しなければならない点がありますが・・・
精液検査といっても、通常の顕微鏡(位相差顕微鏡)で精子数や運動率、大まかな頭部形態を調べるといった一般精液検査ではなく、精子の中に存在する「隠れ精子異常」を検知できる「分子生物学的な高度な手法を駆使した精子の精密検査」が極めて重要になります。
なるべく早い段階で専門施設を受診して精子精密検査を行い、科学的根拠に基づいた精子詳細情報を取得(把握)しておくことが「上手な妊活の入り口戦略」になります。
パートナーと方針を決めたら、精子の検査から始めよう!
不妊治療に伴う経済的な負担が大きかったことから、2022年4月から保険適用となりました(治療条件や医療機関によっては自費診療)。とは言え、治療に伴う女性側の精神的、肉体的、物理的な負担は避けられません。だからこそ妊活に向けて、ご夫婦で二人の子供を得るための努力に対する強い想いや考え方を共有すること、またお互いを思いやる気持ちを忘れないことが大切になります。
治療を開始する前に、夫婦で向き合って話し合う時間を しっかり確保しましょう。
最初に精子精密検査をして「隠れ精子異常」の存在の有無を調べることが重要!
黒田IMRでは「上手な妊活」の治療方針として、最初に男性側の検査、すなわち「精子の検査」を行います。精子の検査と言っても「位相差顕微鏡で精子数や運動率、大まかな頭部形態を調べる」といった、一般精液検査ではなく、位相差顕微鏡では検知できない「隠れ精子異常:精子の中に隠れ潜んでいる異常」を検知できる「高精度な精子検査:精子精密検査」を実施します。
なぜならば、不妊原因の約半数を占める男性不妊のうち、その約90%は精子の形態や機能に問題がある精子異常で、しかも その異常は位相差顕微鏡で観察しただけでは見えず、精子の中に潜んだ「隠れ異常」として現れているケースが多いからです。また大半の隠れ精子異常の背景には遺伝子異常が関与していますので、治療は難航する傾向にあります。だからこそ、治療開始前に隠れ精子異常の存在の有無を調べておくことは極めて重要であり、意義があるのです。
一般的に精子の異常は、卵子の老化と同様に、加齢に伴い進行していくように語られていますが、本当のところは そうではなく、遺伝子異常による精子異常が男性不妊の大半を占めています。男性側に先天的な問題があれば、いくら女性側の治療がうまくいっても妊娠率は上がりません。この点が見逃されたまま治療が反復(継続)されても、結果には繋がりません。不妊治療において精子異常は最も深刻な問題と言えるでしょう。終わりのない不妊治療に陥らないためにも、最初に高精度な精子検査を行い、「隠れ精子異常があるタイプなのか否か」を調べておくことが不可欠であり、最も上手な妊活になる訳です。
精子精密検査の結果から見えてくるビジョン
高精度な精子検査によって、科学的根拠に基づいた精子詳細情報が得られると、
・精子側から「不妊治療が必要か、不要か」という、治療適応の有無が明確になります。
・また治療が必要と判明した場合には、
「どのような治療法が安全かつ最適なのか」という、ご夫婦ごとの個別の治療プランを具体的に組み立てられます。
不妊治療の見通しや妊娠の可能性など、その後の展望を見据えて治療方針を検討できるという意味で大変効率的です。
精子精密検査は「回り道をしない不妊治療」のための入口戦略
精子精密検査を通して重度の精子異常が明らかになった場合は、精子側の理由で「安全な治療の土俵に乗ることができない=治療断念」という、厳しい結果に至ることもあります。思ってもいなかった事実を伝えられたご夫婦は、例外なく混乱されます。心の葛藤、絶望は想像を絶するものがあり、サイエンスの観点だけでは割り切れない「心の問題」を整理する時間も必要となるでしょう。
それでも・・・精子精密検査を行う意義は上述しましたが・・・治療現場では、長期にわたる不妊治療反復不成功という「辛すぎる終わりのない不妊治療」を経験し、高額な経済投資をした後に、精子精密検査による重度な精子異常が発覚するケースも少なくありません。そういった事態に陥らないためにも、最初に精子精密検査を行って科学的根拠に基づいた詳細情報を取得(把握)することが、「回り道をしない不妊治療への入り口戦略」になります。
風しん抗体検査
風しんは、風しんウイルスの飛沫感染で引き起こされる急性の発疹性感染症です。強い感染力を持ち、ヒトからヒトへ感染が伝播します。成人で発症した場合は、高熱や発疹が長引き、また強い関節痛を認めることもあり、小児より重症化する傾向にあります。脳炎や血小板減少性紫斑病等を合併した際は、さらに重症化しますので軽視できません。
特に妊娠20週頃までの女性が風しんウイルスに感染すると、眼や心臓、耳などに障害を持つ(先天性風しん症候群)子どもが生まれてくる可能性が高くなりますので、注意が必要です。妊娠1カ月で感染した場合は50%以上、妊娠2カ月では35%程度と報告されています。
妊娠中の感染を防ぐには、事前に夫婦揃って風しんウイルスの抗体価を検査しておくことが重要です。また妊娠中の女性は予防接種を受けることができませんので、ウイルスの抗体価が陰性もしくは低い場合には、女性側だけではなく男性側もワクチンを接種しておくことをおすすめします。
事例1:精子精密検査で「質の高い精子」であることを確認してから3カ月で自然妊娠に成功
ここで、20歳代の若いご夫婦の「ちょっと待てよ!」「悪い精子をむりやり顕微授精で授精させて本当に大丈夫なの?」という気づきと、その意識に沿った迅速な行動が、妊活の早期成功に繋がった事例をご紹介します。
ご夫婦は 当院を受診される前の医療機関において一般不妊検査を受け、医師より「妻に異常は認められないが、夫の精子の状態が悪いので顕微授精でなければ妊娠できない」と説明を受けました。その時ご夫婦は、ふと「ちょっと待てよ!」「悪い精子をむりやり顕微授精で授精させて本当に大丈夫なの?」と不安になり、担当医師に疑問点を質問してみたところ「大丈夫ですよ!」の一言のみ。科学的根拠に基づいた説明は全くなかったとのこと。一層不安になり「本当に問題ないのですか?」と再度尋ねると、「嫌なら治療を止めましょう」と。何とも納得がいかないご夫婦は治療を止めて、黒田IMRの精子精密検査を希望、受診されました。
精子精密検査の結果、精子数はWHO基準値の下限値より低めでしたが、精子の品質は良好で(隠れ精子異常率は極めて低く)、DNA構造をはじめとした受精に関わる精子機能の正常性が高いタイプでした。妻の年齢が20歳代で若かったこと、妻側の不妊検査の結果も異常がなかったこと等から妊孕性が高いと判断し、6カ月間はタイミング指導(自然に性交を取る方向の指導)をしました。その結果、開始して3カ月(3回目のタイミング指導)で妊娠し、既に健常児の出産に至っています。
このケースは、若い夫婦の気づきと行動によって不必要な顕微授精を回避できた事例です。経済的・精神的・時間的な負担が大きい不妊治療をしないで上手に妊活を進め、早期に自然妊娠できたのは、迅速な判断があったからこそと言えるでしょう。
事例2:精子精密検査で「重度な精子異常」が明らかに!人生計画を軌道修正
次に、ご夫婦の「ちょっと待てよ!」「このまま同じ治療を反復していて本当に大丈夫なの?」という気づきと、その意識に沿った迅速な行動によって、人生の軌道修正に成功した事例をご紹介します。
ご夫婦は 当院を受診される前の医療機関において顕微授精を3回繰り返していました。結果は3回とも、複数の卵子が採取できても全く授精せず(受精率0%)、1回も胚移植にならなかった(胚移植率0%)そうです。これは顕微授精反復不成功の典型的な事例と言えます。
担当医師からは「妻が30歳代後半のため卵子の老化が原因で授精しない」という説明を受けたと言います。しかし一方で、そもそも顕微授精の利点は「1匹の運動精子がいれば人の手で授精が可能になり、妊娠させられること」と説明されていたので、最終的に「3回も顕微授精を反復しているのに、3回とも全く授精しなかったのは何かがおかしい!」という考えに辿り着き、黒田IMRの精子精密検査を希望、受診されました。
精子精密検査の結果、精子DNA構造の安定性は高いタイプであったものの、多様な隠れ精子異常が見つかりました。精子頭部の内部構造を解析したところ、ほぼすべての運動精子の先体(精子頭部の前半部を覆う袋状の小器官で、その中には卵子に侵入する際に必要な加水分解酵素が入っている)が欠損している「先天性先体欠損精子」であり、かつ頭部に空胞が認められる「頭部空胞精子」のタイプでした。これらの隠れ精子異常の背景には遺伝子異常が関与していることを踏まえ、顕微授精の受精率0%が繰り返された原因は、卵子の老化ではなく、精子の先体欠損が関与していた可能性が高く、しかも遺伝子異常(先天異常)に起因する可能性を否定できないという見解に至りました。残念ながら、顕微授精は遺伝子異常を治す技術ではありません(先天異常には対応できません)ので、治療は困難(治療断念)と判断しました。
結論として、ご夫婦は子どもを持たない人生設計への切り替えとなりましたが、そもそもご夫婦の迅速な判断がなければ、引き続き顕微授精を続けて不成功を繰り返すという「辛すぎる終わりのない不妊治療」に陥っていたかもしれません。この事例では、ご夫婦の「ちょっと待てよ!」「本当に大丈夫?」という気づきと行動が、顕微授精反復治療からの脱却を可能にし、人生を軌道修正することができました。
精子の質を高めるには?
妊活に向けて、健康的な食生活や適度な運動をすることは大切です。しかし不妊治療対象になる精子異常においては、見た目は良好な運動精子でも、隠れ異常が認められるケースが多く、その背景には遺伝子異常が関与しているケースがほとんどです。このような先天異常(生まれつきの問題)のケースに対しては根本的な治療法がなく、食生活や運動習慣、生活習慣の改善などで精子の質を高める効果は期待できません。薬やサプリメントの効果もありません。
精子が生成されるサイクルとは?健康的な精子の生成で気を付けること
【妊活男性に向けての豆知識】精子異常の原因になる遺伝子異常は『新生突然変異』といわれ、2万個以上のヒトDNAにおいて、精巣で精子が作られる過程で、あらゆる遺伝子に一定の確率で突然変異が起きます。その遺伝子の突然変異は、精子1匹ごとに異常な箇所が異なりますので大変複雑になります。このことが、男性不妊の治療を困難にさせています。ご心配の方は、早い時点で高精度な精子検査を受けてください。
まとめ
不妊になる原因の約半数は、男性側の精子異常です。つまり、不妊は女性だけの問題ではありませんので、男性は なるべく早い時点で精子精密検査を試みていただき、科学的根拠に基づいた詳細情報を取得(把握)されることが「上手な妊活の入り口戦略」になります。ご夫婦で気持ち一つにして協力し合って一日でも早く妊娠できますよう願っております。