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精子が生成されるサイクル
思春期を迎えると、精巣の中で精子の元になる細胞が細胞分裂を開始し、精子を造り始めます。オタマジャクシの形の精子が造られるまでにおよそ74日を要しますが、精巣で造られた精子は未だ未成熟の段階にあり、精巣の横にある精巣上体に移動して成熟を進めていきます。
写真左は成熟精子になる前段階の「未成熟な状態」にある精子、写真右は最終的に「成熟した状態」になった精子です。
精子を含む白濁液のことを精液といいますが、日々の診療をする中で、精液はあらかじめ精巣内に蓄えられていると誤解している方が多いような印象を受けます。しかし実際のところは、精液は精巣内に蓄えられているわけではなく、射精をする時にできるのです。もう少し詳しく解説しますと、射精をする際に精巣上体で成熟を進めている精子を含む分泌物を、前立腺やその後ろにある精嚢腺の分泌液が押し出して、その結果 精子を含む分泌物と精嚢腺の分泌液が混ざり合って精液ができるのです。
射精回数による誤解:禁欲期間が短すぎるのはNG!
妊活中の禁欲期間は どのくらいとれば良いのでしょうか? 初診でお見えになられたご夫婦から「質の良い精子を造るために、毎日射精して、なるべく禁欲期間を短くするように言われました」という声をよく耳にします。
しかし実際には、毎日射精するように禁欲期間が短いと精子濃度(1ml中の精子数)が下がり、同時に成熟精子になる前段階の未成熟な精子が目立つようになりますので、禁欲期間が短すぎてもよくありません。つまり、成熟した精子をある程度の数、射精するためには、一定の禁欲期間が必要になります。
妊活中の禁欲期間について:禁欲期間が長すぎてもNG!
一方で禁欲期間が長くなった場合は、せっかくうまくできた精子でも、精子を包み込んでいる膜(細胞膜)に傷がつき、その結果 精子の頭の中に収納されているDNAが損傷され、運動性が失われます。ですから、禁欲期間が長すぎてもよくありません。つまり、精子にも消費期限があるということです。
実際のところ、妊活中の適正な禁欲期間はどのくらいなのでしょうか。一般的に 3日~5日と言われていますが、本来 各個人の精子の品質に見合った適正な禁欲期間があり個人差も大きいので、一概に何日の禁欲期間がよいと言い切ることはできません。
健康的な精子を作るためには
インターネットをはじめ「〇〇を飲めば精子が増える」といった情報が溢れている影響でしょうか。私のもとを受診されるご夫婦の大半は、様々な「精子サプリメント」を飲んでおられます。同時に「精子が少ない」「精子の動きが悪い」と言われご夫婦からは、精子に関する様々な質問を受けます。以下に回答を記載いたしますので、参考にしてください。
食生活:どんな食事が いいのか?
活性酸素は体に酸化ストレスを与えます。体内の活性酸素を減らそうと意識して、ビタミンCやビタミンEといった抗酸化物質を含んだサプリメントを飲んでいるという方も多いですが、4種類ある活性酸素全てに対応できるものはありません。
体内の活性酸素を減らそうと意識するのであれば、様々な抗酸化物質を含む緑黄色野菜(パプリカ、ほうれん草、ブロッコリー等)、お茶、大豆などを積極的に摂取することが効果的です。毎日の食事でバランスのよい食事を取っていれば、日常生活の中で発生するレベルの活性酸素や酸化ストレスが精子異常に直結するという心配はありません。
運動:過度な運動は控えるべきか?
過度な運動をすると、活性酸素が増え過ぎた状態(酸化ストレス)になり、細胞のDNAや細胞膜、動脈の内膜等を傷つけることがあります。その結果、老化やがん、心臓の病気に繋がる可能性が生じます。しかし、私たちの体の細胞には、活性酸素で傷ついた細胞を修復したり、排除してくれる仕組みがありますので、何事も過度にならない限りは心配しないで大丈夫です。
適度な範囲内の運動量であれば、日常生活の中で発生するレベルの活性酸素や酸化ストレスが精子異常に直結するという心配はありません
サプリメント:「精子サプリ」の効果は?
医薬品は「病気の診断、治療、予防に使用することを目的とした薬品」と法律で定められていますが、サプリメントは医薬品以外をいい、あくまでも「補充」を意味し、「食品」と定義されています。
外来で話している患者夫婦の大半は、「医薬品には専門家に管理してもらわないと危険なイメージがありますが、サプリメントは自然のものだから自分で管理できて安心です」といいます。確かに医薬品には必ず副作用がありますし、よく効く薬ほど副作用も強く、使い方を間違えると大変危険ですので、専門家による管理が必要です。一方で、サプリメントは食品ですから自身の判断で食べてもさほど危険がありませんが、中には過剰摂取による健康被害があるものもありますので注意が必要です。
① 亜鉛は精子を増やすの?
前立腺液の中の亜鉛濃度は、血清(血液が凝固した時に上澄みにできる淡黄色の液体成分)の300倍以上と豊富で、精巣では精子の形成(言い換えれば、細胞増殖)が盛んに行われていることから、「亜鉛を摂取すると細胞増殖しやすくなり、精子が増えるのではないか」という考え方が一般的に定着しています。実際に不妊治療施設で「精子が少ない」と診断された男性の多くの方が、亜鉛のサプリメントを摂取しています。
それでは、そもそも亜鉛は、どのような成分なのでしょうか? 亜鉛は、細胞の増殖に不可欠な必須微量元素です。つまり、健康維持に必要な成分ですが、その必要量は微量でいい、ということです。成人男性が1日に必要な亜鉛の量は10mg程度で、これは通常の食事をしていれば十分摂取できる量であり、極端な欠乏を心配する必要はありません。
【注意】むしろ亜鉛には、少しの過剰摂取でも健康被害に結び付く危険性がありますので、注意が必要です。具体的に説明しますと、亜鉛を過剰に摂取すると銅の吸収阻害による銅欠乏(低銅血症)や貧血など、様々な健康被害を招いてしまいます。そのため、亜鉛のサプリメントは短期的に飲むなら問題にはなりませんが、長期的に摂取し続けることはおすすめできません。最も安全で簡単な亜鉛の摂取方法は、毎日の食事で偏食を避けてバランスよく多くの品目を摂取することです。
②アルギニンは精子を増やすの?
精子のDNAを構成するタンパク質「プロタミン」内のアルギニンの占める割合が高いという点から、「アルギニンを摂取すると精子が増えるのではないか」といった発想になったのでしょうか。亜鉛サプリメント同様に、「精子が少ない」と診断された男性の多くの方が、アルギニンも摂取されています。
そもそもアルギニンは非必須アミノ酸に分類されます。つまり、体内で生成できる成分ですので、サプリメントとして摂取する必要がありません。また赤身の肉、鶏肉、乳製品、魚など幅広い食品にも多く含まれていますので、通常の食生活をしていれば過不足なく摂取できます。正直なところは、アルギニンをたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません。
③ コエンザイムQ10は精子を増やすの?
コエンザイムQ10は、人の生命維持や活動に必要なエネルギーを作り出す「ミトコンドリア」の働きを助ける抗酸化物質で、高い抗酸化作用があるため、「アンチエイジング」や「造精機能を改善する」と説明している不妊治療施設も少なくないようです。
しかし、そもそもコエンザイムQ10は、もともと体内で必要とされるエネルギーに合わせて生成・分解できる成分ですので、コエンザイムQ10を積極的に摂取する必要はありません。加齢により減ってしまうのも「必要とするエネルギー基礎代謝が減るから」という理由です。コエンザイムQ10をたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません。
参考記事:男性の妊活でサプリは精子に有効?生活習慣も含めて詳しく解説
結論、サプリメントで「精子は増えません!」
「精子の状態が悪い」といわれた妊娠したい夫婦が、「これを飲めば精子が増える」という情報に心を動かされる気持ちはわかります。しかし、繰り返しお話してきましたが残念ながら、精子異常の背景には遺伝子の問題(先天異常)が関与しているケースが殆どですので、サプリメントでどうにかなる問題ではありません。インターネット情報は、「できること」を強調しがちです。「できないこと」もたくさんあることを知ってください。
下着:ブリーフよりトランクスが いいの?
一般的に造精機能を維持するためには、精巣上体を含めて精巣の周囲が体温より低い温度であることが必須です。このことから、熱を溜めないというイメージで「ぴったりとしたブリーフで精巣周辺の温度を高めることが良くない」という考え方が定着し、「精巣にはブリーフよりも通気性の高いトランクスの方が良い」という話がよく出てきます。しかし、いつもぴったりとしたブリーフを着用している男性が総じて不妊だという事実は無く、過度な心配は不要です。
パソコン:膝上でノートパソコンを使用したら、精巣(精子)に悪影響?
日々の診療の中で「ノートパソコンを膝に置いて作業することで、精巣の周囲に熱が溜まり、造精機能に障害を与えるのではないでしょうか?」という質問も多くいただきます。
しかし、最近のノートパソコンは省電力であり、発熱は最小限に抑えられていますので、過度な心配は不要です。パソコンの熱による悪影響よりも、長時間同じ姿勢で作業を続けることで下半身の血行不良が生じることの方が心配です。定期的な休憩を挟んだり、小まめに立ち上がったりして作業すれば、さほど神経質になる必要はないです。
重要ポイント:生活改善をしてもNGな場合も多いことを知っておこう!
不妊治療の対象になる男性不妊の大半は、先天性の遺伝子異常(先天異常)が原因で精子の異常が重篤になっているケースです。先天性の精子異常ですので、治療が困難になるケースが多く、生活習慣の見直しや薬やサプリメントで改善を期待することはできません。
このような精子異常の原因になる遺伝子異常は『新生突然変異』といわれ、2万個以上のヒトDNAにおいて、精巣で精子が作られる過程で、あらゆる遺伝子に一定の確率で突然変異が起きます。その遺伝子の突然変異は、精子1匹ごとに異常な箇所が異なりますので、大変複雑になります。このことが、男性不妊治療を困難にさせています。
まとめ
妊活を考えた方へのメッセージです。
なるべく早い時点で、精子の質を高精度に調べることができる精密検査を行い、科学的根拠に基づいた精子詳細情報を取得しましょう。その結果から、適正な男性不妊の治療指針・方向性が見えてきますので効率的です。是非とも上手な妊活をしてください。
黒田IMRでは、治療開始前に、分子生物学的な高度な技術による高精度精子検査(精子精密検査)を実施し、「遺伝子異常が関与している精子異常のタイプなのか、そうではないのか」を正確に見極めた上で、無駄を省いた「効率的かつ適正な」妊活指導をしています。まずは自身の精子のタイプを正確に把握することが大切です。科学的根拠に基づいた精子詳細情報を取得できることにより、新しい道が開ける可能性があります。