現状の不妊治療の問題点とは?精子側から専門医が解説

黒田優佳子 医師
この記事の執筆者 医師・医学博士 黒田 優佳子

慶應義塾大学医学部卒業後、同大学大学院にて医学博士号を取得。
その後、東京大学医科学研究所 生殖医療研究チームの研究員として、男性不妊に関する基礎・臨床研究に従事。
臨床精子学の第一人者としての専門性を活かし、男性不妊に特化したクリニック「黒田IMR(International Medical Reproduction)」を開院。
診察から精子検査・選別処理、技術提供に至るまで、すべてを一人の医師として担う体制を確立。専門性の高い診療を少数精鋭で提供しつつ、啓発・講演活動にも取り組んでいる。

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現状の不妊治療の問題点
目次

精子研究の遅れによる不妊治療の危うさ

精子研究の遅れによる赴任地呂の危うさ

最近では「精子の問題」も少しずつ話題にされるようになりましたが、長年にわたり妊娠できないのは女性側の問題と思われてきました。そのような背景もあってでしょうか?女性の年齢と卵子の老化との関連性ばかりが注目され、女性側の生殖・妊娠に関する研究が産婦人科領域で盛んに行われてきました。その結果、良質の卵子形成を助ける「排卵誘発剤」を始めとする様々なホルモン製剤が開発されるに至り、女性不妊の治療成績は飛躍的に向上しました。

一方で『精子』の研究は、男性側の生殖を専門にする泌尿器科領域においても着目されないままに時が流れ、卵子学の進歩に比べて精子学の研究はかなり出遅れました。その結果、生殖医療従事者の中でも『精子に関する正確な知識・高度な技術・高い経験値』を持つ者が極めて少ないというのが現実です。この精子研究の遅れが、どの様な精子か?という精子の質(精子機能)を無視した現状の顕微授精の普及させてしまいましたその結果、顕微授精のリスクが生じてしまったのです。具体的に「どういうことか?」といいますと・・・

治療現場では「元気に泳いでいる精子=良好精子」という、「精子性善説が成立する」という認識にありますので、運動精子が治療に用いられています。また顕微授精という技術が登場したことにより、「どんなに精子数が少なくても、運動精子を1匹でも確保できれば、顕微授精で妊娠・出産を期待できます」「顕微授精が精子の問題を解決しました」と語られています。

~実は!ヒトでは、運動精子の中に機能異常が隠れている危険な精子も混在!~


しかし実は、ヒトの場合は、見かけだけでは見極められない、精子の中に隠れ潜んでいる多様な機能異常をもった運動精子も存在します。これを『隠れ異常精子』といっていますが、解りやすく言いますと、良好精子とされる運動精子の中にも、DNA損傷や頭部に空胞を認めるもの、さらに卵子に侵入する機能が障害されているもの等の異常が潜んでいるため、運動しているということだけでは、全ての精子機能を保証できないということです。つまり、「ヒト精子では性善説が成立しない」ということです。

そのため、安全な生殖補助医療を実現させるためには、事前に精子数や運動率だけではなく、隠れ精子異常の存在を正確に把握できること、言い換えれば、治療に用いる精子が安全であるという「精子品質管理」ができていることが必要不可欠になります

~顕微授精の弱点~

顕微授精の弱点


顕微授精という技術は、単に精子の数が少ないという精子の量(精子数)的不足を補うことはできますが、DNA損傷をはじめとする精子の質(精子機能)的異常をカバーすることはできませんので、実は 顕微授精は精子の質が悪い方には不向きな(危険な)治療法になります。

健康な命の誕生に向けて安全な顕微授精を実施するためには、事前に精子機能の精密検査を行った結果、精子が質的に良好(精子機能が正常)である、すなわち穿刺注入できる安全なレベルの高品質精子であることを確認する技術が必須になります。つまり、品質管理できた精子が用いられることが、安全な顕微授精実施の大前提となります。しかし、一般的にこれらの前提が普及していない現況にありますので、実は顕微授精の実施はより慎重であるべきなのです。

最も怖い点は、機能異常が隠れている運動精子を用いて顕微授精を行った結果、妊娠・出産に至った場合に、生まれてくる子どもに何かしらの異常が発症するリスクがある点です。

ですから、リスクマネージメントの観点から、DNA損傷をはじめとする多様な機能異常精子を事前に排除する技術があることが必要不可欠になります。この点を無視した、つまり精子機能を無視した現状の顕微授精は安全であると言い切ることはできないということです。この点を解決しなければ男性不妊の問題は解決しません。

胚盤胞培養のリスク

一般的に治療現場では、胚盤胞までの体外長期培養が標準化して行われていますが、実は『胚盤胞培養にもリスク』があります。具体的に言えば、胚盤胞まで培養することにより、遺伝子発現を調節する仕組みに異常が出る『エピジェネティクス異常(DNAメチル化異常)』『発生異常(発癌性)』のリスクが生じる可能性があるということです。

実は、胚盤胞はすでに胎盤側と胎児側に分化していますので、胚盤胞を凍結することにより、分化した胎盤側と胎児側の細胞が圧着されます。また両者(胎盤側と胎児側の細胞)は遺伝的にまったく同一ですので、胎盤側の細胞が胎児側の組織に付着して混入する(混ざり込む)という現象を起こすリスクがあります。この現象は、将来的に癌の発生率を上げる可能性があり、安全であると言い切ることはできません。この重要な点については全く着目されず、議論されていない現況を危惧する中、出生児の安全確保の観点から、より未分化な初期胚の時期での移植をお勧めします

胚盤胞凍結胚移植のリスク

一般的に治療現場では、新鮮胚を子宮内に移植する傾向よりも、胚を一度凍結してから改めて融解して子宮内に移植するという、凍結胚移植が汎用されています。胚を凍結する際には、胚が壊れないように高浸透圧の凍結保護剤を使用して水分量を減らす(脱水)必要があります。

胚の凍結保存の方法としては、2006年に「ガラス化法」と呼ばれる技術が登場し、細長い容器の上に凍結保護剤で包んだ受精胚をのせてマイナス196℃の液体窒素につけて一気に凍結させています。ただし現時点では、ガラス化法は安全であるとは言い切れません。確かに蘇生率は高く、すでに妊娠、出産に至ることは確認されていますが、実は、出生児の長期予後に関しては全く不明なのです。

出生児の安全確保の観点から胚盤胞まで長期培養して凍結保存することはお勧めしません胚を凍結する必要がある際には、リスクマネージメントの観点から、より未分化な初期胚の時期に凍結保存を行い、融解後に追加培養して胚盤胞に進ませる方が まだ安全です

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黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

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