現行の精液検査の問題点を克服した黒田IMRの『隠れ異常を検知できる高精度な精子検査』とは?

以下に、隠れ精子異常を正確に見極められる『9項目』にわたる新しい高精度な精子検査(精子精密検査)をご紹介します。

とくに
2.頭部の内部構造・空胞の検出検査
5.精子DNA断片化・DNA損傷の検出検査
  ~精子DNAの僅かな傷を正確に検知できる点が凄い~
6.頭部の細胞膜損傷の検出検査は、重要ですので必読です。

1.頭部の外部形状 および 尾部の形態検査

精子は、精巣で造られ始めた時点では未成熟の状態にあり、精巣上体に移動してから成熟を進め、最終的に成熟が完了する段階になると精子頭部の中にあるDNAが圧縮されて楕円頭部になります。またこれまで「運動精子=良好精子」と考えられてきましたので「頭部が楕円形で運動良好な精子であれば正常である」という概念から「運動精子の頭部外周形状が楕円形か否か」だけを観察する『ディフクイック染色』が広く用いられてきました(写真➀)。

しかし私たち精子チームが研究を進めていく過程で、一見良好に見える楕円頭部の運動精子でも、頭部形状に大小不同があること、また中片部や尾部にも多様な形態異常があることが明らかになり、頭部を赤色、尾部を青色に染め分けて両者の形態を正確に観察するだけではなく、中片部(頭部と尾部の間の部分)の形態も高精度に観察できる新しい染色法を確立しました(写真➁)。


写真➀:従来法のディフクイック染色では、
精子頭部の外周形状しか観察できない。


写真➁:新染色法により、一見
良好に見える楕円頭部の運動精子でも、
頭部形状に大小不同があること、
また中片部に多様な形態異常があること、
さらに尾部にも欠損やコイル状を呈した
形成不全があることが明らかになる。

ヒト精子にだけ見られる現象ですが、以下の写真のように、明らかに頭部のみならず、中片部や尾部の形態が崩壊した異常形態をしている精子もいます。本法により、その形態異常を明確に確認することができます(私たち精子研究チームのヨミドク連載より引用)。

2.頭部の内部構造・空胞の検出検査

私たち精子研究チームは、一見良好に見える楕円頭部の運動精子の内部に多数の空胞を認める隠れ異常精子が含まれている(写真①)ことを明らかとしました。研究チームは、これを『頭部空胞精子』と呼んでいますが、空胞を観察できる『希薄染色法』を開発しました。

精子が成熟すると、頭部に収納されたDNAを保護しているタンパク質がヒストンからプロタミンに変わるというヒト精子に特有な性質に着目した染色法ですので、頭部は青色に染まり、空胞は染色されず白く抜けて見えます。

また研究を進める中で、頭部外周形状が楕円形を呈さない、頭部形態異常精子の空胞陽性率は極めて高い(写真➁)こと、空胞の大きさ・数の割合や位置は個人差が大きいことが明らかになりました。さらに精子頭部の空胞化している部分のDNA密度が低いこと(写真③)も明らかにしておりますが、頭部空胞とDNA損傷との因果関係は現時点では不明です。

最初に、楕円形の頭部で、中にも空胞がない正常な運動精子の写真をみましょう。それから、写真➀➁③をみていただき、比較してみてください。


正常:頭部形態は極めて良好(楕円形)、
頭部空胞率は極めて低い。

写真➀:左と右は同一視野、
すなわち同じ精子を示している。
(左)楕円頭部の運動精子の先体が
極めて良好な精子でも、
(右)希薄染色法により、内部に
多数の空胞が隠れている
異常精子であることが判明。

写真➁:頭部形態異常精子の
空胞陽性率は極めて高い。
希薄染色法により、頭部の中に隠れている
空胞の
大きさ、数、位置、割合を
鮮明に観察できる。

写真③:左と右は同一視野、
すなわち同じ精子を示している。
(左)精子頭部の空胞部分の
(右)DNA密度が低いことが
明らかになったが、
頭部空胞とDNA損傷との因果関係は
現時点では不明である。
「不妊治療の真実」幻冬舎より引用。

とくに重要な発見は、黒田IMRにおける臨床集積の結果、顕微授精反復不成功の方の精子を精密検査してみますと 楕円頭部の運動良好な精子でも空胞陽性率が高い傾向があることが明らかになった点です。「精子が元気に泳いでいる=運動精子である」だけの指標では、頭部空胞がないことを保証できません。

黒田IMRでは、治療開始前に頭部空胞精子率を正確に算出(把握)し、その上で高度な精子分離技術により頭部空胞精子の排除する技術努力をして受精に供しています。

3.頭部の膨潤試験

さらに我々の研究を進めていく過程で、精子DNA中の核蛋白に作用する試薬を添加すると、精子頭部の外周形状が様々であり空胞を認める異常精子(写真➀)であっても、全て楕円形に戻って空胞も消失する(写真➁)ことを明らかにしました。この研究成果は、男性不妊の原因を究明する上で極めて重要な発見であり、「精子形成の最終段階における精子成熟不全があるか否か」を見極める指標になります。私たち精子研究チームは、本検査を『精子頭部の膨潤試験』と命名しました。

写真➀:もともと多数の空胞が隠れている頭部が変形した異常精子だったが、


写真➁:試薬反応後に、空胞が消失して頭部が楕円形に戻った。

4.頭部の先体の構造・局在検査 及び 先体の機能検査

ここでは「精子が卵子に侵入して受精する仕組み」についてお話したいので、最初に「先体反応(せんたいはんのう)」という、聞き慣れない言葉の説明をします。

下左の写真の赤色の部分をご覧ください。人工的に赤く着色した部分が「先体」と言われる小器官です。先体は、ヘルメットのように精子頭部の前半部を覆う半円形の袋状をしていて、先体の中には卵子に侵入して受精する時に卵子を覆う殻(これを透明帯という)を溶かすために必要な酵素が入っています。ちょうど良いタイミングで卵子に到達した精子だけが、先体から酵素を放出して透明帯に小さな穴を開けて卵子に侵入し、受精することができます。下中央~右の写真のように、ヘルメットを脱いで(赤い部分を剥がして)、卵子に侵入する準備を完了させます。この一連の仕組みを「先体反応」と言います。写真は、先体部分が先体反応を起こしていく過程で外れていく様子で、ちょうど良いタイミングで先体反応を起こすことができない精子は卵子に侵入することはできません。

これまでは「楕円頭部の運動精子=良好精子」が「先体反応を起こし、卵子に侵入して受精できる精子」と考えられてきましたが、実際には運動精子を用いても卵子に侵入できず、受精しない症例が数多く報告され、その理由として「先体の構造や機能の異常」が指摘されています。言い換えれば、タイミング指導はもちろんのこと、人工授精や体外受精に用いる精子の必須条件の一つとしては、精子が自力で卵子側まで泳いで行き、先体反応を誘起できる正常な先体構造をもった精子である必要性があるということです。

私たち精子研究チームは、高度に選別した先体、細胞膜、DNA等が傷ついていない運動精子を用いて、先体の内側に局在するマンノース糖鎖を『Concanavalin A染色』して観察する、高精度な先体の構造と機能の評価法を確立しました。

本法により、精液中の精子の何%に「先体が存在しているのか、欠損しているのか」、先体が存在している場合には「先体膜(先体を包み込む膜)が傷ついていないのか」、先体膜に傷はない場合には「卵子側で先体反応を誘起できるのか」に至るまで、正確に検査できるようになり、運動精子でも先体の構造や機能に異常が認められる隠れ異常精子が含まれていることが明らかになりました。つまり、「精子が元気に泳いでいる=運動精子である」だけの指標では、先体がないことを保証できません。

先体が欠損している場合は染色されませんので無色になります。先体が存在しても先体膜が損傷している場合や、先体反応をすでに誘起している場合は赤色(写真①)になります。逆に、先体膜に傷はなく、卵子側で先体反応を誘起することが期待される精子は緑色(写真②)になります。

写真➀:先体膜損傷、すでに先体反応を誘起した精子は赤色に染まる。

写真➁:先体膜正常、これから先体反応を起こす可能性がある精子は緑色に染まる。

黒田IMRでは、本法により治療開始前に受精に必要な精子数を正確に算出(把握)できるようになりましたので、精子側の「先体の能力」に見合った「最適な受精法・治療法」を選択し、ご提供できます。

5.精子DNA断片化・DNA損傷の検出検査

下の写真の緑色の糸の束のようなものは、精子頭部の中に収納されているDNA鎖の束(写真A)を酵素で反応させて引き伸ばして緑色に染めたものです。数ミクロンの小さな精子の頭の中には、こんなにもたくさんのDNA鎖の束が圧縮されて収納されています。写真左端に丸くみえる緑色のものは精子の頭(写真B)、細く見えている緑色の1本の糸のようなものはDNA鎖ではなく、精子の尾(写真C)です。

~精子DNAの僅かな傷を正確に検知できる点が凄い~

顕微授精のリスク・間違った認識の項において、生まれてくる子どもの健康という観点からは、元気に泳いでいる精子のDNAの僅かな傷こそがハイリスクとなり、最も怖い相手になることをお伝えしてきました。ここでは、私たち精子研究チームが開発した、軽度な傷を正確に検知できる高精度な精子DNA損傷検出法を紹介します。

そもそもDNA損傷には、2重鎖切断、片側開裂、酸化的損傷、化学物質による塩基修飾など、色々なパターンがあります。その中で最も修復が困難なDNA損傷が2重鎖切断です。現在主流になっている精子DNA断片化指数(sperm DNA fragmentation Index : sperm DFI)をはじめとして、これまでにもDNA断片化を検査する方法は幾つか報告されてきましたが、これらはDNA2重鎖切断の初期段階(軽度なDNAの損傷)を検出できませんでした。

一方で、私たち研究チームが開発した高精度な精子DNA損傷検出法は、高度に選別した個々の運動精子において、精子DNA2重鎖切断の僅かな傷(DNA断片の長さ・数)を定量的に検知できる高精度な電気泳動法(single cell pulsed field gel electrophoresis)です。本法により、一見良好に見える楕円頭部の運動精子でも、頭部内に収納されるDNAに損傷を認める隠れ異常精子が含まれていることが明らかになりましたが、さらに高精度に精子DNA損傷の種類と程度(軽症か重篤か)が判明しますので、精子側から治療に伴うリスクも予想できるようになりました。「精子が元気に泳いでいる=運動精子である」だけの指標では、精子DNAに損傷がないことを保証できないということです。

泳動像は、泳動度と断片量の差から、以下の3パターンが観察されます。
運動精子の中には、写真①のようにDNAに傷がない正常な「断片化陰性(非断片化)精子」がいる一方で、写真③のようにDNA鎖が重度に切断されて粒子状断片を呈している「重度断片化陽性の隠れ異常精子」も含まれていることが明らかになりました。写真②は、DNA鎖の切断が「軽度な初期段階の断片化陽性の隠れ異常精子」で、伸張したDNA鎖の先に数カ所の切断された長鎖断片を確認できます。写真②や③の精子は、顕微授精を繰り返しても妊娠しなかった(顕微授精反復不成功)方の精子です。

  1. 正常なDNA断片化陰性(非断片化)精子:DNA鎖に切断は認められず「極めて良好」な状態で、数十本の均一なDNA鎖が連続性に伸張している。
    【左写真の黄色丸部分を拡大したものが右写真です】
  1. 初期段階のDNA断片化陽性精子:DNA鎖の切断は「軽度な初期段階」の状態で、伸張したDNA鎖の先に切断された長鎖断片を認める。
    【左写真の黄色丸部分を拡大したものが右写真です】
  1. 重度DNA断片化陽性精子(粒子状断片):DNA鎖の切断は「重度な末期段階」の状態で、断片化の進行に伴って鎖長の短縮と共に断片量が増加し、全てのDNA鎖に連続性が失われた粒子状切断片を認める。
    【左写真の黄色丸部分を拡大したものが右写真です】

とくに重要な発見は、黒田IMRにおける臨床集積の結果、顕微授精反復不成功の方の精子を精密検査してみますと 楕円頭部の運動良好な精子でもDNA断片化陽性率が高い傾向があることが明らかになった点です。

黒田IMRでは、本法により高度に選別した運動精子のDNA断片化陰性精子比率を正確に算出することが可能になりましたので、精子側からの「顕微授精のリスク」を予測した上で、高度な精子選別技術を導入した「安全な受精法・治療法」を選択し、ご提供しています。

6.頭部の細胞膜損傷の検出検査

これまでは「楕円頭部の運動精子=良好精子」が「精子頭部から尾部までの細胞膜(精子を包んでいる膜)は正常である」と考えられてきましたが、私たち精子研究チームは、一見良好に見える楕円頭部の運動精子の中にも、細胞膜に損傷を認める隠れ異常精子が含まれることを明らかにしました。

つまり、「精子が元気に泳いでいる=運動精子である」だけの指標では、精子頭部細胞膜に損傷がないことを保証できません。

ヒト精子は一般的な体細胞と異なり、水色の部分にあたる細胞質を持っていません。よって、頭部の細胞膜の直下にDNAが存在する構造になっています。精子には、クッション効果になる細胞質がないため、頭部細胞膜が損傷されるとその直下にあるDNAの傷害に直結してしまうという弱点を持っているのです。

私たち精子研究チームは、精子の核タンパク・プロタミンに特異的に結合する赤色と青色の色素を使い分けることにより、頭部細胞膜の「傷」を観察する『色素排除法による二重染色法』を開発しました。本法により、運動精子の中には、写真①のように青色に染まる「頭部細胞膜に傷がない正常な精子」もいる一方で、写真②のように赤色に染まる「頭部細胞膜に傷がある隠れ異常精子」も存在することが明らかになりました。写真②は、顕微授精を繰り返しても妊娠しなかった(顕微授精反復不成功)方の精子です。

写真➀:頭部細胞膜に傷がない精子は
青く染まる。

写真➁:頭部細胞膜に傷がある精子は
赤く染まる。

とくに重要な発見は、黒田IMRにおける臨床集積の結果、顕微授精反復不成功の方の精子を精密検査してみますと 楕円頭部の運動良好な精子でも、頭部空胞率とDNA断片化陽性率が高い傾向があることを前述していますが、同時に頭部細胞膜損傷率も高い傾向が明らかになった点です。

命を誕生させる不妊治療において最も怖い点は、頭部細胞膜に傷があり、その傷から細胞外の活性酸素等の有害物質が浸透して細胞膜直下にあるDNAを損傷させても、尾部細胞膜が損傷されていなければ精子は元気よく泳いでいますので 一見良好な精子に見えてしまうという点にあります。つまり、複雑に相互作用した結果、多様な隠れ異常が発現するということです。

(左)重度にDNAが損傷されている精子では、
(右)頭部細胞膜の損傷も著しい。

ヒト精子の頭部細胞膜損傷の観察は、精子DNA断片化検査と組み合わせて行うことにより、「精子の正常性を高精度に判定」できる最も重要な検査になります。本法の組み合わせ検査の結果は「安全な顕微授精を実施できるか、できないか」、すなわち「顕微授精の限界も含めた、安全な顕微授精の適応を判断する」指標となる訳です。

7.凍結保存における精子耐凍能力検査

一般的に「運動精子=良好精子」という認識にありますので、「精子の状態が悪くても、運動精子が1匹でもいれば顕微授精で妊娠できます」という説明のもと「即 顕微授精」に展開されます。この流れが男性不妊の診断と治療の現状ですが、『顕微授精のリスク』を踏まえますと、安全に命を誕生させるためには「極力 顕微授精を回避すべき」ということは言うまでもありません。

顕微授精を回避するためにも、少しずつにしても高品質精子を凍結保存して備蓄する努力は大切です。しかしここでの問題点は、高度に選別した運動精子でも、凍結保存液と混合して液体窒素(-196℃)中で保存した後に融解すると、運動性を失う精子の割合に個人差があることです。高い割合で運動性を失う精子は、凍結保存には向きません。すなわち、「凍結保存が可能なタイプの精子なのか」、「全体の何%の精子が凍結保存に絶えられるのか」という、精子耐凍能力を事前に確認しておく検査が不可欠になるということです。

しかし残念ながら「精子耐凍能力が高く凍結保存が向いている精子なのか、逆に精子耐凍能力が低く凍結保存が向いていない精子なのか」について高精度に検査できる技術をもっている医療機関は極めて少ないのが現状です。

黒田IMRにおける臨床集積の結果、精子耐凍能力に個人差がある背景には、精子細胞膜の強靱性があることが明らかになりました。この結果を踏まえますと、精子凍結保存技術は『精子を貯めておくことが主眼』ですが、「細胞膜が弱く、その結果 細胞膜直下にあるDNAが損傷されてしまう」といった『複雑に相互作用した隠れ異常精子』を排除する手段にもなるという側面をも有します。

黒田IMRでは、精子の「高度な選別」と「丁寧な凍結保存」の両者の技術を組み合わせることにより、品質の高い精子の備蓄に励み、治療の安全性と有効性を向上させる努力をしています。融解後に生き残る精子がたとえ僅かでも ひたすら備蓄を重ねれば 沢山の強い精子の確保に至り、私たち精子研究チームで開発した『人工卵管法』という、受精に必要な精子を極力低減化(可能な限り必要な精子数を少なく)できる体外受精に展開することが可能になります。その結果として顕微授精を回避でき、安全性の向上を図ることができます。

しかし一方で、精子の状態が極めて悪くて精子凍結備蓄ができないケースにおいては、当日の精子で顕微授精せざるを得ないことになります。その際には、顕微授精の安全性と有効性に直結する、穿刺する精子の品質管理が極めて重要になります。

8.中片部ミトコンドリアの形態・局在検査 及び
中片部ミトコンドリアの代謝・機能検査

精子頭部と尾部をつなぐ首の部分を中片部といいます。そこにはエネルギー源を産出するミトコンドリアが存在し、主として精子運動との関連が指摘されていますが、この中片部には胚分割に重要な役割を果たす中心体も存在することから、中片部形態が胚分割に影響することも研究されています。そこで、精子中片部の形態と局在の観察は、精子運動のみならず胚分割に重要な意味を持つ可能性も踏まえ、精子精密検査の項目に加えております。

また同時に、中片部のミトコンドリア代謝機能(内因性酸化ストレス)を観察する手法も合わせて『精子中片部の正常性を見極める』ことで評価精度を上げています。

細く真っ直ぐな形状(下写真・緑蛍光)をした正常な中片部は、ミトコンドリア代謝機能も高い(下写真・赤蛍光)ことがわかります。

9.精子結合抗体検査

(1)抗精子抗体とは?免疫性不妊とは?

排卵された卵子は、卵管の先にある卵管采に取り込まれ、その少し奥の卵管膨大部という場所で遡上してくる精子を待ちます。排卵が近づくと子宮の入り口には、精子が通り抜けやすいように頸管粘液という透明で粘性の高い分泌物が増えてきます。性交により腟内に射精された精子は、排卵期に増える頚管粘液の手伝いもあり、子宮内に泳ぎ上がり卵管を通って卵管膨大部にいる卵子のもとに到達して受精に関わります。一方で、残りの一部の精子は卵管から腹腔内に排出します。その結果、腹腔内の免疫細胞は精子を異物と認識し、精子表面にあるタンパク質に対する抗体を造ります。このようにして産生された抗体を「抗精子抗体」といい、これまで「精子の運動を抑制」したり、「精子同士を凝集」させたりして精子の働きを妨げて受精障害の原因となると考えられてきました。また、抗精子抗体が造られ(抗精子抗体が陽性になり)、妊娠が困難になるケースもあり、これを「免疫性不妊」と言ってきました。

(2)現行の抗精子抗体検査法の問題点とは?

現行の抗精子抗体の検査では、夫の精液に妻の血清を作用させて、精子の運動が抑制されて不動化するか(精子不動化抗体の有無)、また精子同士が凝集するか(精子凝集抗体の有無)等を観察しています。しかし抗精子抗体の有無をみる検査精度は低く、偽陰性(本来 抗精子抗体陽性であるにもかかわらず、陰性の結果になる)を呈するケースが多いという課題が残されています。私たち精子チームが研究を進めていく過程で、その原因は「精液」を用いて検査するところに「落とし穴」があることが明らかになりました。

精子は形成過程で細胞質の消失に伴い、DNA修復能を失いますので、DNA2重鎖が切れたDNA損傷精子が射精された精液中に混在してきます。同時に形成過程における精子の品質管理にアポトーシスの仕組みが関係しており、うまく造れなかった精子のDNA2重鎖を切断して処理します。これらのメカニズムにより、射精された精液中の精子の半数以上はDNAが損傷されています。さらに精液中の精子は、精巣で せっかくうまく造られても射精を待つ(精巣上体で待機している)間に劣化(老化・変性)が進行しますが、その過程で細胞膜、先体、DNA等が損傷され、運動性が失われ、同時に精子の細胞表面の抗原が変性または脱落して抗体がほとんど結合しない低抗原性の状態になります。

つまり現行法では、低抗原性の劣化精子が全体の5-8割を占めている「精液」を対象に検査していることから、偽陰性(本来 抗精子抗体陽性であるにもかかわらず、陰性の結果になる)を呈していたということです。

(3)これまでの「抗精子抗体陽性=精子運動の抑制」という固定概念が覆されました

私たち精子研究チームでは精液を使用しない高精度な抗精子抗体検出法を確立しました。本法では、同時に妻の血清中から免疫グロブリン(異物が体内に入った時に排除するように働く機能を持つタンパク質=抗体)を精製し、選別運動精子(高度な精子選別技術により低抗原精子を排除した上で、さらに細胞膜や先体、DNAに傷がない運動精子を選別)と培養して免疫2重染色を行います。

その結果、精子の様々な場所(抗原)に抗体ができることが明らかになりました。しかし現時点では「精子のどの場所(頭部、赤道部、接合部、中片部、尾部)に抗体が結合したら、どの機能が障害されるのか」は不明ですが、様々な写真(下写真)を見ていただくことにより、精子免疫性の複雑さがお解りいただけることでしょう。

ここで重要なことは、抗体が精子に結合しても、必ずしも精子機能に悪影響を及ぼすわけではないことが明らかになったことです。例を挙げますと、尾部に多量の抗体が結合しても必ずしも運動が低下するわけではなく「抗精子抗体陽性=運動抑制ではない」ことが判明しました。そこで私たちはこの検査を『精子結合抗体検査』と改名しました。

(4)「精子自己抗体陽性」のケースへの対処法は?

頻度は低いですが、夫が自分の精子に対する抗体「自己抗体」を産生してしまう場合があります。本来、精子が血液中に混入することはありませんが、例えば、精巣炎や精巣上体炎、陰部外傷、パイプカット手術等により、精子と血液が混ざる状態になりますと、免疫細胞が精子を異物と認識し、精子表面にあるタンパク質に対する抗体を造り出す可能性があります。その結果、自己抗体として抗精子抗体が産生されます。この精子自己抗体産生の有無を見極めるためには、選別した夫精子の表面に抗体が結合しているか否かを観察する必要があります。

精子異常の項で述べたように、隠れ精子異常は先天性(遺伝子異常)である場合が多いので治療が難航しますが、この精子結合抗体の問題は後天的な問題です。要するに、精子が抗体に触れることなく、卵子内に侵入して受精できれば良いわけですから、精子結合抗体の有無は「人工授精か、体外受精か、顕微授精か」治療法を決定する重要な指標となります。簡単にお話すると、精子結合抗体検査の結果が、① 陰性の場合は→人工授精、② 陽性の場合は→体外受精、③ 夫自己抗体陽性の場合は→顕微授精への展開を考慮する等、最適な治療指針を決定できます。