~質の高い精子を選別する意義・重要性~
卵子と受精できる精子は、選ばれた精子!
安全な不妊治療には「精子の選別と品質管理」が不可欠
精巣で精子を造ることを「造精機能(ぞうせいきのう)」といいます。思春期を迎えると精巣内で精子が造られ始めますが、精巣内の精子は未成熟な状態にあります。精子の成熟は、精巣の横にある精巣上体という場所に移動してから進み、成熟精子は精巣上体で射精を待ちます。
精巣上体には精子を含む分泌物が蓄えられていて、精巣上体内の分泌液と前立腺や、その後ろにある精嚢などからの分泌液が、射精により一気に押し出されて、それらが混ぜ合わさって「精液」ができます。日々の診療をしていると、精液はあらかじめ精巣内に蓄えられていると思っている方も多いように感じますが、そうではありません。
性交により腟内に射精された精液中の精子は数億匹いますが、子宮腔内に進入できる精子は極僅かです。最終的に卵管で受精するチャンスを待っている卵子に到達できる「選ばれた精子」は50匹程度といわれています。もし、選ばれる精子が精液中に極めて少ないのならば、卵子に到達する精子が全くいないということもあるわけです。
限られた数の精子で受精の可能性を高めことを目的として、精子をできるだけ卵子の近くに届けることを目指した受精法として登場したのが、体外受精や顕微授精等の生殖補助医療です。中でも顕微授精は、精子が1匹いれば人工的な授精を可能にしますので最も合理的な方法ですが、治療に用いる精子が健康な命に繋がるためには、卵子に自力でたどり着ける「選ばれた精子」と同等な品質をもっていることが不可欠になります。つまり、本来ならば女性の体内で自然に行われる「精子の選別」を人の手で代行する必要があり、その選別した「精子の品質」が良好であることを確認できることが必要であるということです。
治療の安全性と有効性の向上には
隠れ異常精子を排除できる技術が必須!
不妊治療の現場では「楕円頭部の運動精子=良好精子」というイメージが定着していますので、運動精子が不妊治療に用いられています。しかし私たち精子研究チームが、治療に安心して用いることができる、安全な精子(高品質な精子)を選別する技術開発を進める中で、運動良好な精子の中にも、見えないところにDNAや先体(卵子と受精する際に重要な役割をするところ)や細胞膜(精子を包んでいる膜)が傷ついていたり、頭の中に空胞(穴)が開いていたり、多様な異常が隠れ潜んでいる精子が多いことが明らかになりました。
これを私たち研究チームは「隠れ異常精子」と呼んでいますが、この隠れ精子異常は、一般精液検査では検知することができず、また男性不妊治療を難航させる原因になり、さらには生まれてくる子供へのリスクにも繋がりますので、とても厄介者です。ですから、治療を開始する前に「隠れ異常精子の存在の有無を確認しておく」ことが必要不可欠であり、同時に、もし隠れ異常が認められた場合には事前に「隠れ異常精子が排除されている」ことが大前提になります。
そこで私たち精子研究チームは、
- 精液から、明らかに妊孕性のない、DNA、先体、細胞膜等が損傷した、隠れ異常精子を取り除く『高度な精子選別技術』、わかりやすく言えば、「異常精子を排除して、治療に安心して用いることができる安全な精子(高品質な精子)を選別するための高度な精子分離技術」を確立し、
- さらに分子生物学的な手法による『高精度な精子検査法』を開発して、現行のWHOの診断基準に基づいた一般精液検査で検知できない、見た目ではわからない「精子の中に隠れた多様な隠れ異常の解析」を可能にしました。
私たち精子研究チームが、高度な精子選別技術を確立する過程で最も力を注いだのが、
- DNAが損傷されていない精子(DNA断片化陰性精子)を分離すること、言い換えれば、DNAが損傷されている精子(DNA断片化陽性精子)を排除すること、
- 同時に、DNA損傷の有無を定量的に検知できる(正確に見極めることができる)ことでした。
研究チームで開発した、数々の高度な精子分離技術の意義は、「どのような精子側の特殊技術を組み合わせれば、異常精子の排除、ならびに高品質精子の選別に繋がるのか」という、精子のタイプに最適な選別技術を導入することができるという点です。
結果として「安心して治療に用いることができる、安全な高品質精子が どのくらい確保できるのか」を算出できますので、精子側から治療の適正化が可能になり、安全性と有効性の高い個別化男性不妊治療の提供に繋がります。