顕微授精の間違った認識【顕微授精のリスクについて】

「精子1匹いれば妊娠できる」って本当?
顕微授精で見落とされている精子の質の問題
~顕微授精は精子の質を補足できる技術ではありません~

不妊治療をしているご夫婦が治療を繰り返していても成果に繋がらない場合、「いつまで同じことを続けていけば いいんだろう?」と、治療の止め時を判断することに悩まされることでしょう。例えば、毎周期、排卵を誘発しても卵子がうまく育たない場合には、治療が困難であることを早い段階で理解できます。しかし、数回に1回でも僅かでも卵子が採れると、治療には明確な終わりが見えなくなります。さらに1匹でも精子がいて、顕微授精で人工的に授精させられると「授精はするのだから、いつかは妊娠できるかもしれない?次こそ・・・」と期待感を抱き、治療をなかなか止められない気持ちになることでしょう。

世間一般には、最も高度な生殖補助医療として認識されている「顕微授精をすれば妊娠できる?」「顕微授精で妊娠率が上がる?」と言った錯覚に陥っている方が少なくありません。しかしここ20年以上 妊娠率は横ばいです。正直に結論から申し上げれば、自分たち夫婦の不妊原因が軽症(治療可能)ならば妊娠できる可能性、妊娠率は高くなり、重症(治療困難)ならば低くなります。と言うことは、治療施設が対象とするご夫婦の不妊病態の程度(軽症か、重症か)により、施設毎の平均妊娠率は大きく変動するということです。

2022年の日本産科婦人科学会の報告では、女性の年齢をベースにした顕微授精平均妊娠率は約20%(移植あたり)です。結果として不妊治療を始めたご夫婦の半数以上が妊娠に至らずに治療を終えるということです。

ここで重要なポイントは、不妊の約半数は男性側に原因がある「男性不妊」であり、しかも男性不妊の約90%は精巣内で精子をうまく造ることができない「造精機能障害」、つまり精子に何らかの問題がある「精子異常」が占めているという点、さらに精子異常があると治療が難航するという点です(後述)。

男性不妊の主な原因の9割は精子異常である

治療現場では、一般精液検査で用いる位相差顕微鏡で見て「精子の数が十分にあり、元気に泳いでいれば、問題なし」といったイメージが定着しています。そのため、「精子数の減少」や「運動率の低下」という、見ただけで判定できる精子異常が指摘され、精子の「数が少ない:乏精子症」「動きが悪い:精子無力症」となりますと「即 男性不妊」と診断されます。また「運動精子=良好精子」という認識にありますので、「精子の状態が悪くても、運動精子が1匹でもいれば顕微授精で妊娠できます」という説明のもと「即 顕微授精」が実施されます。この流れが、男性不妊の「診断」と「治療」の現状です。

しかし、顕微授精の治療対象になる不妊男性の方には、位相差顕微鏡では検知できない「精子の中に隠れている異常」が認められる傾向があります。この異常を、私たち研究チームは『隠れ異常精子』と呼んでいます。一見良好に見えてしまう運動精子の中にも、DNA損傷を始めとした多様な隠れ異常をもった精子が多いのも事実です。つまり、運動精子だからといって隠れ異常がない良好精子であるとは言えないということ、泳いでいるだけでは治療の安全性を保証できないということです。

正直にお話すると、私のもとに相談に見えるご夫婦の大半は、顕微授精をかなりの回数繰り返したにもかかわらず結果にならない「顕微授精反復不成功」の方々です。夫を対象に分子生物学的な手法による高精度精子検査を実施して詳細に調べてみますと、その約8割に隠れ精子異常が発覚します。この結果は、見逃された隠れ精子異常を持った精子が治療に用いられていること、隠れ精子異常を見逃したまま顕微授精を繰り返しても妊娠に結びつかないことを意味しています。

最も怖い点は、隠れ精子異常は『新生突然変異』という、親から受け継いだ遺伝子の突然変異ではなく、個体において突発的に新しく発生してくる遺伝子異常が原因で発症するという点、とくに精子DNA等が傷ついた隠れ異常精子が顕微授精に用いられ、人工的に授精が可能になり、妊娠、出産に至った場合には、生まれてくる子どもの健康に何らかの異常が発症するリスクがあるという点です。顕微授精の最大のメリットは、受精できない精子の授精を人工的に可能にする点にありますが、逆に、顕微授精には危険な精子でも人工的に授精させてしまうリスクがあり、これが最大のデメリットになり、ここに顕微授精のリスク、具体的に言えば、出生児への健康リスクが生じます。

ここで最も重要なポイントをお話します。顕微授精は単に精子の量的不足に対処する技術であり、DNA損傷等の精子の質的な問題(隠れ精子機能異常の背景にある新生突然変異による遺伝子異常)を解決できる技術ではありませんので、顕微授精を繰り返したところで成果には繋がりません。世間一般には「顕微授精まですれば妊娠できる」といったイメージがありますが、顕微授精にも技術限界があり、万能ではないということです。この重要な問題が治療現場で直視されていないまま「運動精子=良好精子」という認識で顕微授精を始めとする生殖補助医療が実施されている点にリスクがあります。

ですから、健康な命を誕生させる不妊治療においては、治療開始前に隠れ異常精子の存在の有無を確認しておくこと、隠れ異常が認められた場合には事前に隠れ異常精子を排除しておくことが必須になります。すなわち、出生児の健常性の向上に向けた安全な顕微授精の実施には、卵子に刺す1匹の精子の品質管理(精子の質が高いという保証)が不可欠ということです。

コラムでは漫画を使って分かりやすく解説していますので、ご参照ください。
コラム:【漫画解説付き】顕微授精のリスクとは?子供への影響や事例について解説

最も怖い点は?
~精子DNAの僅かな傷こそが子どもの健康に影響する~

少し難しいお話になりますが、『ヒト精子DNAについて』解説します。体細胞にはDNA修復機構という仕組みがあり、色々な原因で傷ついたDNAの直ぐに修復しますが、ヒト精子は、第2減数分裂後期以降にDNA修復能(修復機構)を消失しますので、正常の造精機能を備える男性でも一部の傷ついた精子DNAが修復されないまま「DNA損傷精子」として精液中に混在してきます。つまり、正常に造られてきた楕円頭部の運動精子でも、その一部の精子DNAに傷がつく宿命にあります。

精子の発生についての画像

不妊治療において最も怖い点は、

  1. 治療対象となる不妊男性の精子DNA損傷率が高い傾向を認めること、
  2. その大半に遺伝子異常が関与している点、
  3. ならびに顕微授精には受精すると危険な精子でも人工的に授精させてしまい、生まれてくる子どもの健康リスクに繋がる点です。

健常な命を誕生させる視点から言えば、一箇所でもDNAに傷がある精子が受精に関わることは許されませんが、僅かなDNAの傷をもった精子は卵子と受精して妊娠、出産に繋がります。その僅かなDNAの傷が、運良く受精後に卵子側のDNA修復機構により完全に修復されれば問題ありませんが、ここにも限界があり、完全な修復に至らない(不完全な修復に終わる)こともあります。これが出生児への健康リスクに繋がります。

皆さんは、「DNAにたくさん傷がついた精子は危険だが、少しぐらいなら大丈夫では?」と思われるかもしれませんが、実は逆なのです。生まれてくる子どもの健康という観点からは、元気に泳いでいる精子のDNAの僅かな傷こそがハイリスクとなり、最も怖い相手になります。そこで私たち精子研究チームは、軽度な傷を正確に検知できる高精度な精子DNA損傷検出法を確立しました。

顕微授精と先天異常の間に因果関係がないとは言い切れない

治療現場では、精子の「数が少ない」「動きが悪い」となりますと、即 顕微授精が行われます。顕微授精には必要な精子がたったの1匹でよく、しかも人の手を介して人工的に授精を可能にするという利便性があり、このメリットが急速普及に繋がり、顕微授精が生殖補助医療の主流になりました。

そのような背景から「1匹でも精子がいれば、顕微授精で妊娠できます」というわかり易いイメージが先行し、さらには顕微授精の登場により「男性不妊、すなわち精子の問題は解決した」という誤解が定着するまでに至り、「どのように精子を卵子に穿刺して注入するのか」という技術面ばかりが注目されてきました。

しかし健康な命を誕生させるための医療である不妊治療においては、「どのような精子を刺せば安全なのか」という、「精子の選別と質の評価」すなわち「精子品質管理」に関する議論が最も重要であり、不可欠です。なぜならば、「どのような精子を卵子に刺すか」が出生児の健常性に直結するからです。

1992年に世界初の顕微授精ベビーの誕生が報告されてから、これまでにたくさんの赤ちゃんが生まれています。しかしながら、それから20年が経過した2012年頃から、生殖補助医療、とくに顕微授精で生まれた子どもの神経発達障害に関する報告が注目されるようになりました。中でも2015年には、コロンビア大学教授ピーター・ベアマンらによる10年間に及ぶ出生児590万を対象にした長期大規模疫学調査の結果が『American Journal of Public Health』に掲載されて話題になりました。

そこでは「自然に妊娠して生まれた子どもに比べて、顕微授精で生まれた子どもに自閉症スペクトラム障害の診断率が約2倍高い」と報告しており、それを受けてアメリカ政府疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は主要な調査結果としてデータと統計の中で発表しています。

精子側の視点でお話しますと、顕微授精と自閉症スペクトラム障害を含む神経発達障害との間に因果関係がないと言い切れる科学的な根拠を証明することは不可能であり、現状では疫学調査の結果を真摯に受け止めて因果関係があるという前提で危機管理をしなければなりません。その点を踏まえた上でアメリカ政府の見解は、顕微授精自体のリスクなのか、それとも使用された精子の選別精度が低いことが臨床統計の結果に反映されたのか、またその両者の問題なのかを区別するための精査が急務であるということです。

このように顕微授精と神経発達障害との関連に高い関心が持たれ、顕微授精への危機管理意識が定着している欧米に対して、日本では未だに「顕微授精は安全で、自然に妊娠した時と同じ位のリスクです」と説明される傾向にあり、日本における生殖補助医療による出生児の先天異常に関するフォロー体制には、子どもが成長している過程で診断が可能になる自閉症スペクトラム障害、注意欠陥多動性症候群、精神発達遅滞等の神経発達障害が含まれていませんので、出生児の精神発達障害を含めた心身発育状況が表面化してくることはほとんどありません。臨床精子学を専攻する生殖医療を専門にする立場から、日本においても出生児が少なくとも成人するまでの健康予後を追跡調査することが急務であると考えます。

また医療において治療に対する患者さんの意思決定がないままに医療行為が提供されることは、本来あってはなりませんし、特別な場合を除いてまずありません。実は、不妊治療だけです。生まれてくる子どもの意志決定がないところで実施される医療行為である点を踏まえ、私は、事前に「隠れ異常精子を排除すべき技術努力をする=精子の品質管理を徹底する」ことを原則にした上で「顕微授精をしないで済むのならば、しないに越したことはない!」という診療ポリシーを貫いています。

なぜ「運動精子=良好精子=精子異常なし」という、
イメージが定着してしまったのか?

なぜ「運動精子=良好精子=精子異常なし」というイメージが定着してしまったのか?その答えは、『ヒト精子に関する研究』をする学問を『臨床精子学』といいますが、臨床精子学に着目する産婦人科や泌尿器科の医師が極めて少なく、その結果として「精子に関する正確な知識」と「精子を取り扱う関連技術の開発」が大変出遅れたからです。

解りやすく言いますと、精子への関心が低かったことが研究の出遅れを招きましたが、そのような背景の中でもウシ精子の研究だけは盛んに行われてきたことに起因します。なぜならば、種ウシでは「運動精子=良好精子」という性善説が成立しているからです。要するに研究材料として品質にバラツキがなく、取り扱い易いという利便性があったことがウシ精子の研究を発展させました。 

一方でヒトの精子は入手し難いこともあり、研究は極めて出遅れましたが、種ウシと同様のイメージで語られるようになり、科学的な根拠が乏しいままヒトの精子においても性善説の考え方が定着し、誤解を生んだのです。

上述していますが、正直なところ、これまで「どのような精子を卵子に穿刺して注入すれば安全なのか?」という、「精子の選別と質の評価」すなわち「精子の品質管理」に関する明確な基準がないまま時が流れたということです。

私たちの「ヒト」精子の研究が進んだことにより、運動精子の中に潜む隠れ異常の存在が明らかになり、性善説が成立しないこと(運動精子≠良好精子)が証明されました。黒田IMRでは、院長の『臨床精子学を専攻して約40年』の実績を活かして、既存の「運動精子=良好精子」「即、顕微授精」という固定概念から脱却した『精子の品質管理を徹底した安全な男性不妊治療』をご提供しております。

隠れ精子異常が見逃されたまま顕微授精が繰り返された
心痛む事例を紹介します

【ケース1】黒田IMR受診までに顕微授精23回反復不成功という、長い治療歴があるご夫婦。なかなか結果に繋がらない状況で「同じことを繰り返していても・・・」という考えに至り、精子の中に隠れた異常を検知できる黒田IMRの精子精密検査を希望し、受診。一連の黒田メソッドによる不妊治療(人工卵管法2回目)で妊娠。健常児の出産に至る。

【背景】ご夫婦は、3ヶ所の不妊治療施設で合計23回の採卵と顕微授精を繰り返されてきました。なかなか胚移植にならないため、心折れながらも「頑張るしかない」という思いで治療を継続。30代だった妻の年齢が40歳になり、担当医師からは「急がないと卵子が取れなくなる」と指摘され、「卵子の老化」ばかりが強調されてきました。一方で精子の状態は、位相差顕微鏡で観察する一般精液検査(WHO診断基準)では、正常範囲(精子数 約6000万/ml、運動率 約70%)でしたが、「顕微授精で確実に授精させる方がいいですよ」と言われ、顕微授精が繰り返されました。何となく矛盾を感じながらも「諦めることは赤ちゃんを諦めること」という思いで「次こそ・・・」と頑張り続けました。

【精子検査の結果】治療が長引く中で、同じことを繰り返していることに疑問をもち、黒田IMRを受診。精子精密検査の結果、多様な『隠れ精子異常』が発覚しました。

  • 精子頭部の中に収納されているDNA鎖に軽度な傷から重度な切断まで様々なステージのDNA損傷が認められた:DNA損傷率 約50%
  • 頭部の細胞膜損傷率:約30%
  • 頭部の中に空胞(穴)が散在する頭部空胞率:約70%

【治療方針】多重隠れ異常精子のタイプであることが判明しましたが、幸いにも受精する機能(先体機能)は正常でしたので、高精度な精子選別を行った上で『人工卵管法』という、受精に必要な精子数を低減化できる『高効率媒精・卵管型微小環境の体外受精』にステップダウンしてみました。

人工卵管法は精子の量(精子数)より質(精子機能)が生かされる高効率媒精による受精法ですので、人為的に授精させる顕微授精に伴うリスクを回避することが可能になります。また、穿刺されないので卵子への負担も軽減され、結果として胚の品質確保にも繋がるという点では、一層安心安全な優れた受精法です。

【治療結果】2回目の人工卵管法で妊娠。満期産で出産に至り、現在小学2年生。

【考察】事前に隠れ異常の有無(精子機能)を見極めた上で、質の高い(隠れ異常のない)精子を高精度に選別することができたことにより、受精に必要な精子数の低減化(従来の100分の1以下の高効率媒精)が可能になり、結果として顕微授精反復不成功のご夫婦の妊娠に繋がったと考察します。

日々の男性不妊治療から学んだことは、生殖補助医療の主役となっている顕微授精が決して万能なわけではなく、精子の品質管理をした上で、顕微授精と人工卵管法を適材適所で「使い分ける」ことが重要であるということです。このケースは、まさに私たち精子研究チームが提唱する『精子の精密検査を優先した不妊治療モデル』による適材適所の治療法の選択が成功した例です。

【ケース2】黒田IMR受診までに顕微授精3回反復不成功のご夫婦(妻30代後半)。3回とも受精率0% 全く受精しない原因は、妻が間もなく40歳になることから「卵子の老化」にあると説明されてきた。顕微授精で「全く授精しないのは何かおかしい!」という考えに至り、精子の中に隠れた異常を検知できる黒田IMRの精子精密検査を希望し、受診。遺伝子異常に起因する重篤な隠れ精子異常が発覚。

【背景】ご夫婦は、顕微授精の利点は「1匹の運動精子がいれば授精を可能にさせて妊娠させられること」と説明されていたので、「3回も顕微授精を反復しているのに3回とも全く授精しなかったことは何かおかしい!」という考えに辿り着き、精子に何かしらの問題がある可能性を疑い、黒田IMRを受診。

【精子検査の結果】乏精子症でしたが、精密検査の結果、精子DNA構造の安定性は高いタイプでした。しかし一方で精子頭部の内部構造を解析したところ、ほぼすべての運動精子の先体(精子頭部の前半部を覆う袋状の小器官で、その中には卵子に侵入する際に必要な加水分解酵素が入っている)が欠損している「先天性先体欠損精子」であることが判明しました。

【方針】先体欠損という隠れ精子異常の背景には、遺伝子異常が関与している可能性が極めて高いことから、受精率0%を繰り返させた原因は卵子の老化ではなく、隠れ精子異常に起因する可能性が高いという見解に至りました。残念ながら、顕微授精は遺伝子異常を克服できる技術ではありませんので、治療断念を視野に入れた展望をお話しました。

【結果】ご夫婦は、このまま引き続き顕微授精を繰り返しても反復不成功という「辛すぎる終わりのない不妊治療」に陥り、治療の止め時を見失う可能性を考慮し、治療断念という決断に至りました。