公開日:2022.04.14 
更新日:2023.11.16

適切な禁欲期間とは?妊活で精子をためる際の問題点と回復方法

監修者 | 黒田 優佳子
男性不妊治療の専門である黒田IMRの院長

精子学の研究者であり医師である視点から、
不妊治療における誤解やリスクを解説

適切な禁欲期間とは?妊活で精子をためる際の問題点と回復方法

適切な禁欲期間は一般的に3~5日程度とされていますが、各個人の精子のタイプに見合った適切な禁欲期間が存在しているため、正確な期間を知りたい場合には精子機能の精密検査が推奨されます。この記事では、禁欲期間のほか、精子や精液量の回復、精子の質の改善に必要なことを解説しています。

<この記事のまとめ>
1. 適切な禁欲期間は、一般的に3~5日程度とされています。正確には、各個人に適切な禁欲期間が存在しているため、精密な期間を知る場合は精子機能の精密検査が推奨されます。

2. 適切な禁欲期間を設けても、妊孕性が必ずしも向上されるわけではなく、先天的な精子の損傷がある場合は治療が難航する可能性が高いです。一方で後天的な精子損傷は、適切な禁欲期間など生活改善により回復する可能性があります。

3. WEB上では精液量の回復や精子の質の改善に関するサプリメントや成分、その他生活改善方法など不確かな事実を掲載していることが多く、過剰に気にする必要がないものが散見されます。精子学研究者の観点からそれぞれの真実を後述しています。

適切な禁欲期間とは?

成熟した精子を適正に射精するには、禁欲期間が短すぎても長すぎてもいけません。そこで「適切な禁欲期間はどの位なのか?」という疑問を持たれることでしょう。

精子の品質は個人毎に大きく異なるため、一概に「何日の禁欲期間が良い」と言い切れませんが、一般的には3~5日程度の禁欲期間が適切であると言われています。理想的には精子機能の精密検査を行い、科学的根拠に基づいた精子の品質を正確に把握し得た上で、各個人に最適な禁欲期間を設定することが望まれます。

禁欲が短すぎることの問題点

男性不妊にお悩みの方が初診で見えた際、「これまで通院していたクリニックでは、質の良い精子を造るために とにかく禁欲期間を短くするように言われていました」という声を頻繁に耳にします。しかし実際には、毎日射精するなど禁欲期間が短い場合には、精子濃度(1ml中の精子数)が下がり、また写真のように精液中に未成熟な精子が目立つようになります。

つまり、禁欲期間を極端に短くすることは、妊活する上で望ましくないということです。

禁欲が長すぎることの問題点

禁欲期間が長くなりすぎると、せっかくできた良好な精子であっても射精を待つ間に精子の状態が悪くなります。具体的に説明しますと、精子を包み込んでいる細胞膜に傷が付き、その結果 頭部細胞膜直下にあるDNAに傷が付いて運動性も失われます。写真は、精子のDNAが損傷し、DNA fiberが切れて顆粒状に拡散している状態です。

DNAが損傷し、DNA fiberが切れて顆粒状に拡散している精子

つまり、精子にも消費期限があるため、禁欲期間が長すぎても駄目ということです。

禁欲しても改善されない先天的な精子損傷

不妊治療の現場で治療が困難なケースの大半は、重篤な「奇形精子症」であることが多いです。奇形精子症は、通常の顕微鏡で見ただけで明らかに精子の形態が異常であることがわかりますので、診断は容易です。

一方で、見た目は「奇形精子ではない」と認識できる、正常な形をした運動精子の中に遺伝子異常による損傷が隠れ潜んでいる場合も多いのです。これを「隠れ精子異常」と呼んでいますが、通常の顕微鏡では検知できませんので、診断は困難になります。そのため黒田IMRでは、隠れ精子異常を検出できる、分子生物学的な高度な技術による精子精密検査を行っています。
隠れ精子異常の原因になる遺伝子異常は「新生突然変異」と言われ、親から受け継いだ遺伝子ではなく、精巣で精子が造られる過程で精子に発生する突然変異です。新生突然変異は、精巣で精子が造られる過程で起こり、子供のDNAに書き込まれるはずのあらゆる遺伝子に一定の確率で突然変異を引き起こします。遺伝子の突然変異は、精子1匹毎で現れる箇所が異なるため大変複雑です。このことが男性不妊の治療を難しくさせていますので、「新生突然変異による遺伝子異常が関与する、隠れ精子異常があるか否か」を検知できる精子精密検査を なるべく早い時点で受けることが必要不可欠です。

先天的な原因がある場合は生活習慣を見直しても効果がありません

上述したように、奇形精子症や隠れ精子異常を持ち合わせている男性不妊の背景には、遺伝子異常が関わっている先天異常のケースが殆どですので、「食生活を改善する」「適度な運動をする」「禁欲期間を調整する」といった身近な環境を整えて生活習慣を見直しても、精子の損傷(精子異常)が劇的に改善することの方が極めて少ないというのが真実です。また薬やサプリメントも遺伝子異常を治すことはできませんので、効果は認められません。
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精子の質や量を回復させる方法

先天性の精子異常を改善することはできませんが、後天性の環境因子が精子異常に影響している場合は その原因を排除するように心がけることは大事です。長すぎる禁欲期間だけでなく、過度なストレス・睡眠不足・食生活の乱れ・飲酒・喫煙・放射線・抗がん剤などは、造精機能に悪影響を及ぼすと考えられますので、可能な範囲で少しずつでも排除すべく努力をしましょう。
特に意識したい生活習慣として、以下の2つを解説します。

過度な飲酒を控える

皆さんがよく耳にする二日酔いは、アルコールの分解が間に合わず、アセトアルデヒドの血中濃度が上昇することが原因で生じます。アセトアルデヒドは細胞傷害性が高いので、二日酔いになるほどの過度な飲酒が、精巣に悪い影響を与える可能性は否定できません。

ただし、いくらお酒を飲んでも酔わない方がいらっしゃる一方で、採血する際のアルコール綿による消毒で皮膚が発赤する方もいらっしゃるように、アルコールを分解する力には大きな個人差があります。そのため、二日酔いが どの程度精子に影響するかは一概には言えません。また造精機能が正常な方であれば、極めて余力がありますので、多少の飲酒は関係ない場合もあります。

とはいえ、精子の形成を担う精巣は、正常な組織において1日量の細胞産生量が最も多い組織です。この点を踏まえますと、細胞の形成に毒性を有する物質は、真っ先に精巣に悪影響を与える可能性が高いのも事実です。
これまでも過度の飲酒は、肝硬変や痴呆、発がん性などとの関連があることで知られていましたが、最近では1日あたり缶ビール1~2本でも長期的に飲み続けると脳の萎縮が生じるとのニュースがありました。当然のことですが、常識的な飲み方を心掛けることをおすすめします。

栄養を意識した食生活

体内の活性酸素を減らそうと意識するのであれば、さまざまな抗酸化物質を含む緑黄色野菜(パプリカ、ほうれん草、ブロッコリー等)、茶、大豆などを毎日の食事でバランス良く取ることが効果的です。バランスよく多くの品目を摂取するように心がけていれば、日常生活の中で発生するレベルの活性酸素や酸化ストレスが、精子の異常に直結する心配はありません。

なおこの見解は、遺伝子に問題があることが精子異常を誘導している場合は対象外になります。

サプリメントで精子を増やすことはできません!

これまで黒田IMRにお越しいただいたご夫婦の多くは、「医薬品は専門家に管理してもらわないと危険なイメージ」「サプリメントは自然のものだから自分で管理できて安心」と、薬よりもサプリメントの効果を信頼している方がほとんどでした。

確かに医薬品は「病気の診断、治療、予防に使用することを目的とした薬品」と薬機法で定められており、必ず副作用のリスクがあります。よく効く薬ほど副作用も強く、使い方を間違えると大変危険です。正しい効果を得るためには専門家が管理し、適切な処方をする必要があります。

一方、サプリメントは薬機法上、身体への作用があってはならず、あくまでも「食品」という定義です。つまり直訳通り、栄養素を「補充」してくれるだけのものであり、食事の補助として適量を摂取していれば問題が起きることはそう多くありませんが、摂取することで直接的に精子を増やしたり、奇形精子の割合を下げたりする効果は期待できないでしょう。

インターネット上にある情報は「できること」を強調しがちです。まずは「できないこと」もたくさんあるということを知ってください。

「精子に良い」とされている成分の真実

ここで、世の中でよく「精子に良い」とされている成分の体への作用と、正しい摂り方について、深掘りします。

なおこの見解は、遺伝子に問題があることが精子異常を誘導している場合は対象外になります。

亜鉛

亜鉛は鉄の次に体内に多い必須微量元素で、細胞の増殖に不可欠な成分です。前立腺液の中の亜鉛濃度は、血清(血液が凝固した時に上澄みにできる淡黄色の液体成分)の300倍以上と豊富で、精巣では精子の形成が盛んに行われていることが分かります。そのため、「亜鉛を摂取すると細胞増殖しやすくなり、精子が増えるのではないか」という考えが一般化しています。実際に不妊治療施設で「精子が少ない」と言われ、亜鉛のサプリメントを摂取している方も多いです。

ただし亜鉛には、あまり知られていない注意点があります。亜鉛を過剰に摂取すると、銅の吸収阻害による銅欠乏(低銅血症)や貧血など、さまざまな健康被害を招いてしまうのです。そのため亜鉛のサプリメントは、短期的に飲むなら問題にはならないでしょうが、長期的に摂取し続けることはおすすめできません。

成人男性が1日に必要な亜鉛の量は10mgです。これは通常の食事をしていれば十分摂取できる量であり、極端な欠乏や過剰を心配する必要はありません。偏食を避けバランスの良い食事を摂ることが、一番安全で簡単な亜鉛の摂取方法と言えます。

アルギニン

精子の量を増やすには、アルギニンが良いという話も聞きます。精子のDNAを構成するタンパク質「プロタミン」内のアルギニンの占める割合が高いという点から、「アルギニンを摂取すると精子が増える」といった発想になったのでしょうか。

実際には、アルギニンをたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません。アルギニンは非必須アミノ酸に分類され、体内で生成できる成分です。赤身の肉鶏肉乳製品など幅広い食品に多く含まれるため、普通の食事を摂っていれば過剰や不足の状態になることもないと言えるでしょう。

コエンザイムQ10

コエンザイムQ10は、人の生命維持や活動に必要なエネルギーを作り出す「ミトコンドリア」の働きを助ける抗酸化物質です。活性酸素と水素から水を作るのを助けます。コエンザイムQ10には高い抗酸化作用があるため、「この成分でアンチエイジングや精子形成障害の改善ができる」と期待させるような説明をされるケースもあるようです。

しかしコエンザイムQ10は元々、体内で必要とされるエネルギーに合わせて生成・分解できる成分であり、減ってしまうのも「体にとって必要がなくなるから」という理由です。加齢により生命活動に必要なエネルギー量が減ることで基礎代謝が落ち、コエンザイムQ10の必要量も減っていきます。

そのため「コエンザイムQ10は、積極的に補給する必要はない」というのが真実です。コエンザイムQ10をたくさん摂取すれば精子が増えるということはありません。

「精子に悪い」とされている習慣の真実

最後に、「精子に悪い」とされている噂について解説します。近年インターネットで見かけた不確かな情報に左右され、根拠なく不安に思っていらっしゃる方も多いので、ここで正しい情報を確認しておきましょう。

ただし、遺伝子に問題があることが精子異常を誘導している場合、この見解は対象外になります。

過度な運動には注意が必要ってホント?

活性酸素は、細胞のDNAや細胞膜、動脈の内膜等を傷付けることがあり、その結果老化やがん、心臓の病気につながる可能性が生じます。活性酸素が急増して過大な酸化ストレスがかからないようにするには、「運動をしすぎない方が良い」という話を聞いたことがある方もいるかもしれません。
しかし実際のところ、私たちの体の細胞には活性酸素で傷ついた細胞を修復したり排除したりする仕組みがありますので、適度な範囲内の運動量であれば、日常生活を送る中で発生する活性酸素や酸化ストレスが精子の異常に直結するという心配は不要です。

以下に例を出して、解説します。

医療の現場では、2〜3気圧の酸素を満たした容器の中に患者が入り、体内酸素濃度を上げる「高気圧酸素療法」という治療法があります。大気の10〜15倍も濃い酸素の中で1時間程度治療を行うことになりますが、成人の抗酸化防御システムはキャパシティが十分に大きいので、活性酸素中毒は起きません。

また、42.195キロを走り抜くマラソンランナーに目を向けて考えてみましょう。日々の練習はもちろん、本番の大会で激しく呼吸を繰り返してゴールを目指す結果、体内に大量の活性酸素が発生します。当然一部の細胞のDNAに傷がつきますが、細胞は活性酸素で傷ついたDNA部分を切り取り、修復します。活性酸素によって壊されたDNAの破片は、ランナーの尿として排泄されますが、男子マラソンランナー皆が男性不妊になるという話は聞きません。つまり、少しくらいの激しい運動負荷は問題ないため、酸化ストレスに神経質になる必要はないのです。

なおこの見解は、遺伝子に問題があることが精子異常を誘導している場合は、対象外になります。

ブリーフよりトランクスにすべき?

一般的に造精機能を維持するためには、精巣上体を含む精巣の周囲が、体温より低い温度であることが必須です。このことから「ぴったりとしたブリーフで精巣周辺の温度を高めることが良くない」という考え方が一部で定着しており、「精巣にはブリーフよりも通気性の高いトランクスの方が良い」という話が良く出てきます。

確かに熱を溜めないというイメージでは、ブリーフよりトランクスの方が良いように感じます。とはいえ、いつもぴったりとしたブリーフを着用している方が総じて不妊だという事実は無く、そのような研究結果も聞いたことがありません。過度な心配は不要です。

ノートパソコンは精巣に悪影響をもたらす?

日々の診療の中では「ノートパソコンを膝に置いて作業することで、精巣の周囲に熱が溜まり、造精機能に障害を与えるのではないか?」という質問も多いです。

最近のノートパソコンは省電力であり、発熱は最小限に抑えられています。パソコンの熱による悪影響よりも、長時間同じ姿勢で作業を続けることによる、下半身の血行不良が心配です。もしかしたら、血行不良が精巣に悪影響を及ぼすことを懸念して、「ノートパソコンが良くない」といった噂が飛び交っているのかもしれません。

下半身の血行不良は、長時間同じ体制にならないように定期的な休憩を挟んだり、こまめに立ち上がったりを意識していれば、さほど神経質になる必要はありません。

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さいごに

妊活をお考えのご夫婦は、最初に「隠れ精子異常があるか否か」を検知できる精密検査を行い、科学的根拠に基づいた精子詳細情報を取得しましょう。その結果から、それ以降の適切な治療の方向性・具体案が見えてきますので、効率的です。

詳細は黒田メソッドのページの「高精度な精子機能検査(精子機能の精密検査)」の項目をご参照ください。

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監修者│黒田 優佳子

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監修者│黒田 優佳子

黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

出版
不妊治療の真実 世界が認める最新臨床精子学
誤解だらけの不妊治療

主な監修コラム
不妊治療について
日経woman

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